白月光
白月光

白月光

あなたは本当の自分で生きてますか?

もっとずっと奥にある本当の心を

ふつうのこと。

当たり前のこと。

平凡なこと。


こういうのが続く生活を送っているということは、恵まれているのだと思う。


たいていはどうして自分(たち)ばかりが……という消化しきれない思いに囚われたりする。


しかし世の中には、平凡ではなく非凡を求める人間も居て。
それはまるで、平凡な人生が味の無い食事でもあるかのように感じているのかもしれない。

誰がどんな思いや考えで、これが幸せだと思うのかなんて、それはその人その人の主観でしかない。
だけどそれでも、やっぱり、幸せの根底というのは不動なんだと思う。


ただその不動を、自分の中で幸せと処理するかしないかというだけのことで。


平凡とか、ふつうとか、そういう生活はとてもありがたいこと。
それはきっと、心の中に在る心の目が幸せの価値を判断している。
心が貧しいと幸せも貧しいものにしかならない。

まあ、でもその人の事情で心が貧しい以前の事情があったりもする。

けどね、もしもそうだったとしても、それでも心の豊かさは大切。
何かを感じること、何かに心を動かされること、心がわくわくすること。そういう、人として1番大切な思いを捨ててはいけないのだと……。

何もなく人生を過ごしている人なんていないと思う。
人生の殆どが、平凡で平和だけが続く人は稀だと思う。
けどそれだって、心の豊かさが非凡を平凡にしているかもしれないと思わずにはいられない。

拍手[5回]

もうすぐ七夕だね

今日から7月ですね。

7月7日は七夕です。


笹の葉を飾って願いごとを書いてみましょう。


なんとなく今年はそんな気分です。


願いごとは秘密ですが叶うといいなと思います。
とてもささやかなことなんですがね。


ところで100円ショップで(偽者の)笹の葉は売ってないのだろうか。
売っていたら購入しようと思う。そして折り紙で飾り付けをしようかな。

拍手[0回]

それはずるでしょ

以前にも何度か書きましたがmixiをやってます。

まあ、mixiでは自分が占い師ですとかそういう宣伝的なことは、一切書いて無いです。
ちなみにマイミクも(ふたりを除いて)本当のこと(←占い師)は誰も知らない。

ぼちぼち気楽にやってます。

ところでこないだなんだけど、mixiでオセロ(アプリ)をやっていたら、マイミク(友達登録者のようなもの)が対戦を申し込んできた。

そういうのには素直に応じる私。

そのマイミクの人はそこそこ強い人だというのは知っていた。
でも対戦が終わって、ホームに戻ったらメールが届いていたのだけど……

さっき対戦をした時に、あなた(私のことです)は、ソフト(←必ず勝ててしまうようなヤツ)を使ってやりましたね。だから自分も、あなたがソフトを使ったので途中から使いましたというようなことが、確信を持って書いてあった。

はっ?!そんなことして対戦するわけないじゃんか……
と思いつつ使ってないよとメール。そういう人(ソフト使い)なのねとか思って結構引いた。

なんとなく、そういうことをいわれると次にあんまり対戦とかしたくなくて……。微妙。

ソフト使いする人が多いとは思うけど、でもアレはないよと思った対戦でしたね。

ちなみに後日談があって。
その後、対戦を請求するマイミクに応じ、一度だけ対戦したんですよ。
そしてまた負けましたが、そんなことはどうでも良くて。

対戦後にきたメールが……

前回と違ってミスってましたよー的な内容がごちゃごちゃ書いてあった。しかも前回との比較が具体的に書いてあった。


それはつまり、前回はソフトを使ったが今回は(ソフトを使ったでしょというメールを送られたので)、ソフトを使わずにやったということを認めろということか。






しょぼい……………






まあ、でもですね。相手は男性(いやいや、くさった女とか…)なんですが、空気だと思えばいいので放置することにしました。

拍手[3回]

卵の次が魚の姿でその次が半魚人なので「魚なの」です

関連記事についての補足です。
魚は生まれてくる河を選べないけれど
魚の事情は自分自身の中の宗教と友情関係にあり
魚の意味は胎児の中に居る胎児


人の魂の母は宇宙。

そして人の心(魂の言葉)であるチャクラ。そのチャクラを辿ると宇宙へと繋がっている。つまりチャクラは(母体である宇宙と繋がった)へその緒なのです。

だからチャクラの開花についてたくさんの技術者が存在しているし、それらを探求し考察する者が後をたたない。

じゃあ、胎児と母体とへその緒。仮に別のパターンで当て嵌めてみる。

母体という宇宙。
へその緒という母。
胎児という本当の自分の人生。

更に

家庭または大人という宗教及び洗脳。
学校または子供という宗教及び洗脳。

このふたつは子供と呼べる自分の中に在る、胎盤。となる。

要するに、胎盤は過去であり肉体の一部であり、胎児が生まれるまでは必要不可欠なもの。

そしてこの場合の胎児は、新たに生まれる自分。新たな自分とは大人になる自分でもある。

「今も繰り返す、自分の中のどうにもならなかった何かに」気付いたら、胎児となり世に生まれ本当の自分の人生を歩くことができる。

どうしようもない、どうにもならない。そういうものは幾らでも在る。
自分にも誰かにもこの世にも、幾らでも在るものです。


それだとしても新たなる命が生まれれば胎盤は消滅する。


しかし事実として存在したことには変わりは無いが。



結局思うのは、どう在りたいかということでしかないように思えるのです。



まあ、そのひとことがいいたかったから記事で補足をしたのも在ります。それに宇宙の母という話もしたかったし。

ちなみに家族間の宗教を超え、自分の家族を持ち更なる宗教へと変容していく者もいます。
それは信者である場合も、教祖で在る場合も、道を教え聞かせ入信を進める場合も在ります。

その場所が心地好い人も居ます。

そういった意思も思想も誰もが自由だと思っています。

だから全ての人間が大人にならなくてはいけないのではなく、
大人になりたい人が居るのであれば……という話だということを理解してください。

拍手[4回]

魚の意味は胎児の中に居る胎児

魚は生まれてくる河を選べないけれど
魚の事情は自分自身の中の宗教と友情関係にあり
上記の記事を読んでない人は、先に読んだほうが理解しやすいと思います。


人が生まれるということはある種、コンパクトな宗教の中へ放り込まれるのと同じなのかもしれない。
当然自分の意思なんかお構いなしで、支配下の元におかれてしまう。

その後、学校という集団行動があり弱肉強食を身をもって体感するしかない。たとえそれらが弱者側であれ強者側であれ、結局はそういうことになってしまう。それでもこの世の、いや日本の仕組みが皆平等に的な美談の元で教育が進行するのだから、息苦しさを体感しない者はいないだろう。

でも昨日今日と、魚?の記事を書いていて思ったのだけれど、生まれつき持たされる宗教とは、後の胎盤なんじゃないのかと思えた。
ただ生まれるためだけの肉片だとしても、生命のパイプとして無くてはならないもの。338aa55e.JPG

まあ、胎盤が形成される以前に受精が必要だけど。受精自体が前記事にも書いたとおり、友情の結束なんじゃないのかなと思う。

ただね、そういった宗教の中へ未だにいづける人は、受精はしても流産とか。流産以前に受精できなかったとかして生命にまで辿り着かないのかもしれないよね。

でも、大人になるということは、心の中で命を誕生させること。
命が生まれてくれば自然に、胎盤も取り出されてしまう。

胎盤はそれまでの全てが凝縮された、なくてはならないもの。

でも生まれたら必要がなくなってしまうものでしかない。


なんかね、この記事を書くきっかけとなったのは宇宙観的な不思議な映像が視えたからなんです。
「宇宙に浮かんだ、胎児の中に居るミクロの胎児」
それが視えて。だからたぶんきっと、このお話がとても必要の在る人が居るんだと思い、アップしたところです。

拍手[4回]

魚の事情は自分自身の中の宗教と友情関係にあり

生き抜いてきたそれまでの世界から離れるのではなく、それまでの世界もあなたの肉体の一部。


肉体を切り離すということは、心の手足を切断することに等しい。


「離れること と、切り捨てること」


ではなく、あるがままの姿で疲れたことを認める。それは現実でいうなら入院し医師に頼るところだろう。


心の中にも自分自身という医師が存在し、患者という自分自身も存在している。

ただただ生命や肉体の維持の助けを続ける医師と一緒に、たったふたりで共同作業をすることでしか生命と肉体の存続はなく。


だからこそ、病める肉体をひとりでどうにかしようとしたら、生き抜くために努力した医師である自分自身はどうなるのだろうか………。


また逆もあり。患者の心理と疲労を無視し手術を繰り返す。見てて異物を飲み込んだ過程でそのまま留まり続けるかのような痛々しさが残る。


過去の傷痕も大きな手術痕も、そんな体で生きてなにがいけないのか。



そんな体になっても生き抜いている、自分自身。大切にしないと大事にしないとかわいそうです。


故に、そういう意味で切り捨てるということは、自分の中で現実とリンクしている最悪のナニモノカへ、首尾よくへつらうことでもある。つまり最悪の大王に自分の意志でへつらい続けているのと同義ということです。

それ故、自分と自分との結束のあかしである友情は、新たなる生命を生み、漲る結束は生命の誕生と共にセンノウという形在る宗教的世界観の胎盤をもこぼれ落とすことだろう。

拍手[2回]

魚は生まれてくる河を選べないけれど

人にはそれぞれの定めというものがあって


だから
生まれてくる場所なんて選べない。


その場所がたとえ地獄絵図のような世界だったとしても
誰もが子供のうちは力が無く弱いから、地獄絵図の中に棲む力の在る大王の支配下の元に居るしかない。


大王は王だから、王からの命令は絶対的な力を持つし、
結局は嫌でもその中で生きていかなきゃいけない。


その王、或いは地獄から逃げるには
大人になって力を持つしかなくて。

ふと気が付けば

逃げる脚が無くなっていて

防御する腕が抜け落ちていたりもする。


それはきっと、心の中でどうにかなってしまった

心の脚と

心の手。


そして大王の支配から受けた焼印は
宗教みたいに洗脳された脳。

そんなだから脳は半分くらい使い物にならなくて。


だから、ふつふつと過去の思い出を今としてすり替えながら
地獄を恨み
大王を恨んでみる。


しかしそれは、余計に辛くなるだけだったりする。


その環境はどうしようもないし、

生きてきた過程も消せやしない。


脚が無くても
腕が抜け落ちていても

もう2度と生えてくることも無い。


全ては自分の始まりを否定することから始まり
否定に終わる。


それは疲れること。


とても力の入ること。


いつでもどこでも、見栄えなく敵を確認する。
信じていた人まで敵に見えてくることも在る。


「生きていること

生まれてきたこと

愛されてきたこと」


そういった当たり前の物事をも
それは違うと否定しつづけ


果ては自分も他人も傷つけてしまう。


そんなに疲れるなら
認めてみたら良い。


生きていること


生まれてきたこと


愛されてきたことを。


たとえそれらが醜く見えるものであっても
受け入れたくないほどの醜汚にまみれた穢れに見えたとしても
それでも愛の深さには人それぞれの違いや限界があるのだし
脳機能的にどうすることもできない遺伝などの事情があったりするのだから、どうにもなら無い本当の現実を受け入れてみたら良い。


疲れてまで自分自身と戦わなくていいと思う。

戦うために生まれたわけじゃないのだし。

誰かからの愛ではなくて、自分の中でのダレカカラノ愛を受け入れてあげたらいいのだと思うのです。


その先に天国があるとか、光が満ち溢れているからとか
そんなことは言わない。
また霊能者という立場を利用して、奇麗事を書きたいとも思わない。

もしも「今も繰り返す、自分の中のどうにもならなかった何かに」自分で気が付けたとしたら

仮に今在る位置が同じ地獄だとしても
その先の自分の人生を歩くための本当の脚が生えてくる。
それはまだまだ赤ん坊のような脚で。それだから思うようには動かないけれど、
成長という月日の流れとともに動いてくれる。


自分の人生を歩くための脚が生えるということは
ただただ、そういうことなんだと思っています。

拍手[6回]

コミュニケーション以前の心の発信源

本当の気持ちを伝えること。

正直に意思表示をすること。

状況や都合に不具合が出ても嘘をつかず正直にいうこと。


最低限それらができていれば、滞ることなく対人関係は回るもの。


なぜなら仮に気持ちを伝えずにいたら、何処かで嘘を付き続けるか、無理を重ねるかしないとその「伝えない状況を」継続することはできない。まあ、意思表示も同じことがいえる。

そして正直にいうということについては、正直じゃない状態が続きすぎると、自分の本当の気持ちがわからなくなることが多い。その結果、現実逃避というのもありえるし。最悪はノイローゼになることだろう。


まあ、早い話が円滑な対人関係をと考えるのであれば、伝える工夫が必要だということをいいたいんです。
つまりただ一生懸命やったから、気持ちを精一杯込めたからといって伝わるのかというと、そうでもないことの方が確率的に多かったりもする。

人はやはり、頭脳を使わないといけないのだとこういうことを考えると毎回思う。
と同時に、温度ある心がないといけないとも思っている。

結局は勉強方法と一緒で、自分がやりやすい方法というのがあるわけで。
その(頭脳と心がペアになった)方法を見つけるのも人生の課題なんだと思う。
そして人として、自分が生きているステージつまり役割として、最後は心への責任を持つことが大事なのかなと、なんとなく考えたりしました。

心への責任、要するに意志。その意志なんてものは崩そうと思ったら、誰でも簡単に崩れるもの。
それでも意志の強い人は存在している。
その強さとは大切なものを守るための優しさからしか保てないのだと思う。
たとえ大切なものというのが自分だとしても、自分以外の誰かだとしても……。そう思いますね。

拍手[7回]

占い軒龍卑のBlog




CM(コメント)のパスワードについて

パスワードを
あらかじめ入れた状態で投稿しておく事で

コメントを送信完了後でも
パスワードを入れれば
編集ができるシステムになっています。

またパスワードが無くても投稿はできます。

気軽にコメントお願いしまーす(^_^)/

プロフィール

HN:
福島の母 占い軒龍卑(haruka)
年齢:
56
性別:
女性
誕生日:
1969/11/01
職業:
占い師&マクラメ工芸士(講師もします)
趣味:
占い・読書(ほぼ仕事の本)・ガーデニング・その他諸々
軒龍卑の近況:
福島県福島市笹谷在住
現在は福島市笹谷にある、店舗【卯羅那石(うらないし)】にて鑑定をしています。店舗では占いの他にマクラメアクセサリー(ワークショップもあり)・柔道整復師によるリラクゼーション・インド刺繍リボン(業者卸有り)・天然石(業者卸有り)・雑貨などを取り扱っています。

なにげ修行は一生だという考えの持ち主です。
形の無いたったひとつの本当へ意識と脳が融合した状態で辿りつくことを数ある修行の中でも最低のラインと考え実践しています。

それから近年の変化ですが、霊界との関係性に変化があり、有効な知識を蓄え血肉にするため日々鍛錬しています。

私生活では極力霊界の事情を持ち込まないように、仮に持ち込んだ場合は速やか且つ敏速に対応しています。

それから私はかなりの方向音痴です。
なので出張へ行くと数回に1度の割で逆方向へ移動することが…。
しかも霊視中にも方向音痴が炸裂するので、東西南北ではなく時計表示&前後左右で方角を説明します。

記事一覧

軒龍卑より

占い軒龍卑の最新情報




ハルカのぼやき






you tube

Healing Graphic arts

by: 軒龍卑













最新TB

ブログ内の記事検索



kaiseki‐test

アクセス解析

リンク集

リンク希望の方はURLを明記して、メールフォームからどうぞ。(リンクフリーではありません)

((([\/]  軒龍卑にメールをする

(1)印の部分は必須です。未記入だとメールが私宛に届きません。(2)記号や( )、特殊文字等を入れると文字化けしてしまうので、ご注意を。

最新CM

コメントを残していきなさい(笑)って冗談です。気軽にどうぞ。



[04/18 うに]
[11/15 うに]
[12/26 うに]
[10/19 うに]
[02/01 うに]
[01/24 うに]
[11/10 うに]
[09/27 アイカネ]



※当たり前のことですが、悪戯を目的とした書き込みや荒し行為は禁止です。