白月光
白月光

白月光

あなたは本当の自分で生きてますか?

環境の変化に伴ない信念の見直し

近々、身近な環境が変わります。

運命までが変わるものではないですが……。

まあ、多少の影響はありますね。

その変化を手に入れるための精神的リスクも当然ありますよ。
あまり直視したくは無いことなんですけどね。


まあ、なんにせよ、なにがどうだったとしても
予測としての最終結果は、善い意味で変化を捉えています。
というよりも、その未来を信じることで、新たな波に乗るつもりでいます。


そして、その変化に伴ない

知識や見えるものに拘らずに、自分自身の信念を信じ行動ができていけばいいなと思っています。


ただ、善しとして進めていく事柄だとしても
本当にコレでよいのだろうかと、始点にもどり、考えてしまうこともありますね。

また、それらを中心として捉えた場合、
それに接続している事柄の方が
案外中心として考えなくてはいけないんじゃないのだろうか、とか…。

なんというか、何処まで表面的な感情に囚われずに、自分に正直な気持ちを見極められるのか?!

ルール無きルールにのっとり、自分の気持ちを探求していることもありますね。


その思案の中に呑まれたところで、結果なんてのは、エンドレスなんでしょうけど。
それだとしても、エンドレスなら、それはそれで善いんじゃないのなんて思ったりしていますよ。


第一、大切な基準はエンドレスを防ぐことじゃなくて
知識や見えるものだけに拘らず、自分自身の信念。という、自分が取り決めた中心がありますからね。

つまり
分からなくなったら、初心に戻り、本当に大切なことをピュアな気持ちで思案する以外ないじゃないですか。

それからですよね、知識とか、見えるものに基づき考えるのって。


だからこそ


焦り

不安

ザワメキ


そんな無意味な意識を価値の無いものとして真っ直ぐに受け止められ
なおかつ、焦りと不安、ザワメキ。そんなものを自然へと還してしまえるような…

そういう人間で在り続けられるよう

地味に努力をしていこうと思っています。

拍手[6回]

久しぶりに…

昨日は、ちょっとばかり私用で人と会ってきました。

その人とは何時ぶりかな…?

そんなにしょっちゅう会える距離の相手じゃないんですよね。
年に1度、そのくらいの間隔とでもいいましょうか…。

まあ、1年の間隔だとしても、ブランクを感じる相手じゃないし。
自然にスッと互いが溶け込める感じなんです。



それにしても楽しい時間は直ぐに過ぎてしまいますよね。

ただ、ただ、ふたりして話をしていただけなのに結構な時間が過ぎてしまいました。

なのに、あっという間。

え、もう、こんな時間なの……という感じで。


まだまだ、話たいことはいっぱいあったのだけど。なんせ、ほんと久しぶりだったし。


でも仕方ないですもんね。


互いが互いの生活が在るし。
時間を気にせず朝まで話すなんてこともできないし(苦笑)


年齢と共に、在る程度、行動が拘束されてしまいますよね。


その拘束は安定とか、平和を約束するものであって。しかし居心地は悪くない。


だけれども

若い頃のように、無茶苦茶なことをしようとも思えない。

その好い加減な温度。結構、私は好きなんですよね。


その好い加減な温度というものは不思議なもので、

会ってなかった時間に起きた様々な事柄がお互いにあっても
お互い知らないことのほうが多いのに

なんていうか
顔を見るだけでホッとししてしまう。

そんなパワーが宿っている気がしますよ。

つまり、それって…。
顔を見るまでは何か心配で、ちょっと落ちつかなくて…。

けど、顔を見た途端に、そんな心配は何処かへ飛んでいってしまう。

そういう不思議なパワー。
それが好い加減な温度なのかなって思ったりもしますね。


まあ、なんだったとしても

私にとってその相手の存在は
何時までも変わらず、そのままで居て欲しい人です。

拍手[10回]

リスクの重要性

人は、誓いをたてた過去があり。

でも
その誓いを破棄していることもある。



誓いとは、それらの意味を成さなくなったとしても
意味があり…

つまり、その意味が異なり歪曲してしいるとか

誓いに意味は無いけれど、一方的に誓いに忠実に徹しているとか

たとえば、そんな感じで過去から引き継いだ歪曲した誓いが在る。


でもね思うのだけど
それは誓いを破ったことにはかわりが無くて。
仮に相手から破棄してきたとしても、自分が誓いを破ったことにはかわりが無い。


誓いとは半端な気持ちでたてれるものでも無いし。
月日と共に重みを増していくのが、誓いというもの。


それだとしても

誓いをたてる時にはリスクが必ず存在している。

そして
何時しかリスクが膨れ上がったとしても
潰れないだけの信念という精神の体力が必要だということはいうまでもない。

HI3A0311-0001.jpg
信念の強さは期待の薄さでも在り

在るがままの姿ではなく、相手の心を信じる気持ちでしかないのだと思う。


また、場合によっては、

誓いを続行したまま

自らの手で制裁を降すことも在るもの。


だからこそ
誰が見てても、見ていなくても、恥ずかしくない人生を歩かなきゃって思ったりします。

拍手[3回]

依存の意味よりも自分自身の今が大切

依存と恋愛。

ここ数年、依存症についてさまざまなことが明かされている。


仕事としてというよりも、ふつうに生活をしていて思うのだけど
恋愛ができない人が増えているように思う。

ただ単に恋愛ができないというのではなく、
本気で愛しているのに依存が大半を占めてしまい、
その結果、築きあげた関係をゼロにしてしまう。

なんか、そういう状況を目の当たりにすることが多かったりする。


依存――、
それは何が原因でどういう経過を辿り
そして、結果的に依存といわれる行動を取ってしまうのだろうか…。


依存について、私なりに今まで感じてきたことは

自信の無さが多いに関与していると思う。

たとえ、どういった過去を辿ろうとも、
共通しているのが自信が無いという、状況。

また、更にいうのであれば

自信の無さは、ずっと昔から続いている出来事。

仮に、自信に満ち溢れたように第三者から見えていたとしても、
或いは、どこから見ても自信の欠片も無いように見えていたとしても、
どうだったとしても、共通している過去が在る。

つまり

自信を持って生きたことが無い。という現実が存在していたりもするんじゃないのかな。


そして、そういうのの更に奥には


自分が嫌い。


そういう気持ちが、まるで寄生虫のように心に張り付いている。


それって
自分の気持ちの持ち方だとか、
前向きな考えだとか、
…使えない本には頻繁に書かれていたりもするし。
また、ネット上でも、使えないことが書いて在ることのほうが多いかな。


ちょっとね、依存について気長に取り組んでいるテーマがあって。当然、仕事としてのテーマだけど。
そんな中で思うのが、人目を気にしないでもともと好きだったことやれば善いのにって思う。

たとえば
自分のキャラを作りすぎてて、私のイメージじゃないとか
或いは、私らしくないとか。

なんていうか、そういうのをどうして本気でやらないうちに決断してしまうのかなって思う。

好きなことって必ずしも上手だとか才能が在るとかじゃないし、
好きだけど下手なんだよねってことの方が多いんじゃないのかな。

だからね
緊張状態でがんじがらめにしないで
深く考えずにチャレンジすることも必要だよねって思うよ。

下手で惨めな自分。
そんな自分だとしても、一緒に好きなことをしている仲間は笑って受け入れてくれる。
笑われて、案外、ホッとする自分がいるかもしれないよね…。

拍手[12回]

乱れた呼吸に入り込む悪の声

一緒にいたい。
傍にいたい。

そういう気持ちって自然に泉みたいに湧き出てくるもの。

どうしようもないくらい、その人と一緒にいたくて
1分1秒その人との時を共有したくて
だから、どきどきしたり、わくわくしたり、そんな気持ちのまま相手を見つめて。

でも

その共有している時間は

お互いの心にどう映っているのだろう…。


あなたの心に映る私はどんな風で

だから、私の心に映るあなたとの違いは…

どんなものなのかなって……。


息の乱れも

快速なテンションも

そういう呼吸の全てが

少しでもずれてしまうと不安になったりして。


なんていうか…、こう、

今まで認識していた、私の中のあなたの全てが消えてしまうみたいな
そんな不安感が波のように次々と押し寄せてきたりする。


だから
たくさんのあなたを知ろうとする。
少しでも多くのあなたを知ることで呼吸を合わせることに真剣になったりする。


それは…
何時までもあなたの傍に居たいと心に誓う、その気持ちからの行動。


ただ

そういう誓いは
太陽の下で誓いをたてているかのように
堂々としてて。

だから誰にも恥じることが無いもののように思える。


けどね
何かの拍子に
人は太陽から、夜の闇に入り込み
あなたの心を繋ぎとめていたいのだと、悪の声に心が揺れることが在る。

きっと、あなたが聴いたら私の元から去っていくような、内容。

好きだから、何をしても善いなんてことはないし
好きだから許せることばかりでもない。


結局

最終的に思うのは…

仮にね
悪としての行動をしたとしても
善としての行動だったとしても
太陽のもとで堂々と行動するべきだと思う。


でも…
もとを正せば、ただの焦りから。或いは、ただ単に自信の無さから。

つまり
自分で自分の首を絞めてしまう行為が最善の手段だなんて思えないよね。

拍手[4回]

休むことと裏切りは違う

人の思考はどうして堂々巡りなのだろうか。
こうしたくないのに、また同じことを同じように考え行動してしまう。

そして、それらを仮に失敗として捉えるのであれば
何時も傷む心の場所へ同じような刺激が繰り返されている。
これって、肉体的に繰り返されていれば、きっと病気になるだろう。
でも、心は臓器では無い。

だから心を病んでしまうという方向へ結果的には辿り着くのだと思う。


ここ最近、色んなことを考えなくちゃいけなくて
でも、そのことについて、やっぱりまとまらない。しかも飽和してる。


まあ、まとまらないのだけど、それでも、踏ん張っているところです。


文の始めに書いた思考だけど
単純に、思考が変換されてしまえばそれはそれに越したことなんか無い。
現実の何かを用いての思考変換には限界というのがあって、その限界の先に存在する延々と続く努力による、思考変換。

これって、無闇に感覚や気分では絶対に換わらないもの。

だって、気付かないとだめだから。

気付くためには、並々ならぬ日々の思考との向き合いが必要。

でもね、そんなことを続けることに疲れてしまうことも在る。


たとえば
今日はいいや。

今だけ。

今回限り。

なんて、自分に言い訳をしてみたりして、正当化しちゃったりする。


けどさ、それって……
ゼロに戻すってことだよね。

たった一回かもしれないけど
もしかしたら、それだけをズルしたらあとはズルしないかもだけど

それだとしても

その一度だけっていうのは、自分への裏切り。
あんなにがんばった自分。その自分を裏切るということでも在ると思うの。


迷って、考えて、更に深く迷って

そんなことの繰り返しの時に

挫けそうになる自分へ云う、言葉。

ゼロになってもいいの?って……。


努力とは中断してしまうことも在るけれど
それでもね、踏みにじったら努力がゼロになってしまうもの。そういうもの。

拍手[4回]

晴れでも雨でもなくて

泥のように混濁した、気持ち。

そういう気持ちの時って何もかもが曖昧で
白とか黒の気持ちも無くて

ただ、ただ、曇り空が頭上一面に広がり

泥水が流れていくみたいに

自分自身の意思が垂れ流れていく。


だから

やる気とか

自信とか

そういうのも、何処か違和感を感じ

自分のことなのに
とても鈍くて…

麻酔のかかった体の何処かを
刃物でえぐられているのに

それでも

他人事だったりして。


なんか

そういうのって

走りすぎたあとに起こる感情なのかな、なんて思う。


本気で走って
本気で疲れて

それだから
毎日の時を刻むその瞬間に
自分を溶け込ませ

そして
居るのに
居ない。

そんな状態をあえてつくって

これ以上の気持ちの高ぶりとか
今以上に考えないようにとか

なんていうか

そんな風に

自分の体が自分を庇ってくれて守ってくれているんじゃないのって思う。


だからね

曖昧な時や

どうしようもなくやる気の無い時

そういう瞬間瞬間があっても

少しくらいゆっくりしても善いんじゃないのって。


こういう時に無理してがんばることも無くて

地味に好きなことしてみたら善いよって

そんな風に思うんです。

拍手[3回]

山下工美さんの作品


http://www.youtube.com/watch?v=dgkLIsCpuvE

どうでしたか、山下工美さんのシャドーアート。


こんな世界の住人でいれたらいいなと、密かに思っています。


きっとその世界には、不動の精神があるんだと思うんです。

そして

しなやかな、獣。


そんな静と動の混在した精神の世界。


そこは、呪術や占いの極みと共に存在している世界でも在るのだと思うのです。


だからこそ

何時か必ず……

そこの世界の住人たちと一緒に
視野を共にしたいと思います。


ところで

ここ数日、ずっとブログをあげていなくてごめんなさい。
ちょっと考えなくちゃいけないこととやらなくてはいけないことが重なってしまいました。

それと、ブログは毎日チェックはしています。

ただ、時間が余りにも無さ過ぎるという……。はい。

それからブログの拍手からコメントを入れてくれた方、ありがとうございます。
コメントを拝見させてもらい、逆に私の方こそ勇気を貰いました。心からの言葉、本当にありがとう。

これからもがんばります。

拍手[4回]

占い軒龍卑のBlog




CM(コメント)のパスワードについて

パスワードを
あらかじめ入れた状態で投稿しておく事で

コメントを送信完了後でも
パスワードを入れれば
編集ができるシステムになっています。

またパスワードが無くても投稿はできます。

気軽にコメントお願いしまーす(^_^)/

プロフィール

HN:
福島の母 占い軒龍卑(haruka)
年齢:
56
性別:
女性
誕生日:
1969/11/01
職業:
占い師&マクラメ工芸士(講師もします)
趣味:
占い・読書(ほぼ仕事の本)・ガーデニング・その他諸々
軒龍卑の近況:
福島県福島市笹谷在住
現在は福島市笹谷にある、店舗【卯羅那石(うらないし)】にて鑑定をしています。店舗では占いの他にマクラメアクセサリー(ワークショップもあり)・柔道整復師によるリラクゼーション・インド刺繍リボン(業者卸有り)・天然石(業者卸有り)・雑貨などを取り扱っています。

なにげ修行は一生だという考えの持ち主です。
形の無いたったひとつの本当へ意識と脳が融合した状態で辿りつくことを数ある修行の中でも最低のラインと考え実践しています。

それから近年の変化ですが、霊界との関係性に変化があり、有効な知識を蓄え血肉にするため日々鍛錬しています。

私生活では極力霊界の事情を持ち込まないように、仮に持ち込んだ場合は速やか且つ敏速に対応しています。

それから私はかなりの方向音痴です。
なので出張へ行くと数回に1度の割で逆方向へ移動することが…。
しかも霊視中にも方向音痴が炸裂するので、東西南北ではなく時計表示&前後左右で方角を説明します。

記事一覧

軒龍卑より

占い軒龍卑の最新情報




ハルカのぼやき






you tube

Healing Graphic arts

by: 軒龍卑













最新TB

ブログ内の記事検索



kaiseki‐test

アクセス解析

リンク集

リンク希望の方はURLを明記して、メールフォームからどうぞ。(リンクフリーではありません)

((([\/]  軒龍卑にメールをする

(1)印の部分は必須です。未記入だとメールが私宛に届きません。(2)記号や( )、特殊文字等を入れると文字化けしてしまうので、ご注意を。

最新CM

コメントを残していきなさい(笑)って冗談です。気軽にどうぞ。



[04/18 うに]
[11/15 うに]
[12/26 うに]
[10/19 うに]
[02/01 うに]
[01/24 うに]
[11/10 うに]
[09/27 アイカネ]



※当たり前のことですが、悪戯を目的とした書き込みや荒し行為は禁止です。