白月光
白月光

白月光

あなたは本当の自分で生きてますか?

追憶

体というシルエットがあるのに

心という流動があるのに

本当に欲しいものはこの手には入らない

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この景色も僕の脳の中の記憶だけど

僕のものであって

僕のものではない


大事にしたいと思う心を貫き続けると
目に見えない糸をだす
いつしか糸は呪縛となり僕とキミを拘束する

人は本当の思いを
思うが侭に出してしまうと

見えないはずの
居ないはずの

鬼が出る

僕もキミも

きっと心を鬼に食いつぶされるのだろう


故に心は心であらず
心は心成り……

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たったひとつの海


ひとつの思いを運び

時空を超えた瞬間

人は戦慄を感じ

言葉無き言葉を感じるもの

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溶け合い

交じり合った

思いたちは


海のように

泡のように

自然にかえるもの


打ち寄せる波のように

戻るもの


全ての力を無くしたのではなく

あるがままに磁力が戻るだけのこと


そこにさびしさは無く

何処までも続くたったひとつの海だけが在る

始まりも

終わりも

何もかもがゼロの空間が点で支えあって存在してる


月も海も共鳴の中で漂い

あるがままの姿で

今この瞬間に存在している


月も海も

目に映る風景には存在しても

手に入れることも

同時に触れることも

叶わぬもの


互いの存在が互いの意味を悟ったときに

きっと

自然の摂理に沿い互いを受け入れるもの


だけれども

それは永遠の信頼と

永遠の孤独と

永遠の誓いを

一度にしているようなものなのかもしれない

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どきどきとかわくわくとか筋トレとか…

今日は鬼晴れの福島市…。
つか暑くてばててしまいそう。
昨日の肌寒さが嘘のようだね。

こういう時ほど体調管理に気を付けなくちゃいけない。うん。

さて、パソコンをいじっていると色んな便利機能のフリーソフト(無料ソフトのことです)があったりする。
そのものを探して見つけることもあるけど、私の場合は別なものを探していたらとか、たまたま偶然に見つけることが多い。

「真魚(まな)」という文章を書くフリーソフトがあるのだけど、私のお気に入りなのだ。
このフリーソフトに出会う以前は、仕事上必要な文章をワードで作製していたの。でも、何かを調べていた時にたまたまこのソフトが目にとまり、即ダウンロード。
私の中での無駄が省かれた最善の状態で文章が書けるし、印刷のボリュームも抑えられる。
※ただし調べてみた結果、玄人向けではないらしいですよ。まあ、何となく分かる気もしないでもないけど…。

まあ、フリーソフトでも、真魚以上に性能の良いものもあるとは思う。目的別で優れた性能を持っているソフトもあるしね。人それぞれ欲しいものが異なるでしょ。

もう少しここが…。
なんて僅かなストレスを軽減してくれるぴったりのものがある。

ここは良いけど他はなぁ…。
なーんてのもあるよね。

けどさ、こういうソフトを作れてしまう人の頭の中は、きっと、素晴らしい脳に決まっている。
だって誰でもできることじゃないからね。理解すれば作れるものもあるのかもしれないけど、おそらくバリエーションが効かないだろうね…。
すごい人は世の中にはたくさんいるよね。どんな仕事をしているとか社会的地位がどうだとか、そんなことに関係なくすごい人はたくさんいるよ。

大抵はすごい人ほど、自分がすごいなんて微塵も思っていなかったりするよね。また、その感覚が新鮮というかギャップになって、余計に魅力的に見える。これって私的には腹に電気が染み渡るような感覚なのです。

自分が生きている間にそういう人間にどれだけ巡り逢えるだろう。なんて本気で考えることもあるよ。

なんていうかさ、そういう人間とお話をしているとわくわくしてくる。
心の鮮度が上がる(苦笑)ような感覚。

ほいで、たまーにだけど、自分がそのすごい人に成り代わったような錯覚というか気分に陥りそうにもなる(笑)
どんな意味でも良いから、どきどきすることや、わくわくすることは、腹の底から笑えることにも繋がっているって感じている。だからというわけじゃないけど、どきどき、わくわくは大好きな私です。

人にはその人それぞれの生き方がある。

私にも私の生き方がある。

とても良い話を聞いても、それはその人の中身のお話。

自分の血肉にするにはやはり心の栄養が大事だし。
けどね、栄養分だけ取っていたら肥満になる。
だからこそ、それら栄養を筋肉として稼動できる精神が必要だよねと…
そんな風に思うようになりました。

筋肉ってやっぱり発達の個人差がある。
無理したら心を痛めるものだよね。

地道な筋トレは案外強いと思うのだ。

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心配という矛盾

近くに居てあげたくても居れないことがある。
心配だからそばに居たい。

けど、それは叶うことの無い願い。

もしも、心配する自分が居なくなるまでの欲求を形にしたら
何処までの行動をするのだろうね…。

きっと、心配されている方は自分が心配するほど気にもしていなくて。
きっと、心配されるほどでもないよとか思っている。

それでも心配になることがある。
だけれども、心配しても何も変わらない…。

そばに居たいのは辛そうな相手を想像できてしまうから。
心配になるのは辛そうにしている相手を見る自分が嫌だから。

人は不思議。

意味の無いことやたくさんの矛盾の中で満足したり充実したりする。
それでいいんじゃないのと思う。

自分がそうしたいのだから。

それが幸せだと感じるのだから。

何かを知ることと、自分の中から湧き出る自然の思いは別々なのだし。
止めようの無い自分の中の何かに逆らうこともないよねと思うよ。

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年季の入った習慣の蓄積と人間性

流石に6月。どんよりした空と雨が続いている福島市です。

先日までの鬼のような忙しさとはうって変わり、平凡な日々が戻ってきました。
いつものパターンと異なることを3日も続けると、どういうわけか、完全にもとに戻るまで掛かった日にちの3倍は必要なのかも…?などと最近は感じている私です。
何でもでもそうだけど、毎日やっている何かを暫くやらなかったりすると、私の場合は感覚が微妙な部分でずれてしまう。
その場合、他の部分でカバーして同じ結果や実力へと誘導するけどね。


(↑動画の再生ができない場合は、Flash画面を右クリック。“ループ再生”と“再生”を左クリックで選択決定。PCのみ)


ところで、普段の生活って見直しが必要だと、今回はかなり激しく実感したばかり。

出来事自体は軽いものだったけど…

それでも、私の精神の核へまで届くような、そんな精神の革命にも匹敵する出来事だったよ。
こういう経験がそうそうあるわけじゃないし。
次にやろうと思える時を待つよりも、気が付いた今の地点で行動の改善をしておかなきゃ。と、迷いも無く決定したことが幾つかあった。それは自分の中での誓いのようなものだね。

やっぱり気が付いた時にやらなければ意味が無いし。

どんなに言葉が大事とは言っても、自分なりの行動の取り方というものもあるわけで。
行動が伴っていなければ「口だけの人」になる。
だから、素早い行動を取る習慣は大切なんだよね。

世の中のできる人は、自己のエリアで事が起こった場合の次の行動が素早い。
素早いということは脳と心の連動が起こっているという可能性が高い。
ましてや、そういうタイプの人が素早く無駄なく動くというのは、焦点の絞られた一点を捉えている。

要は、理に適った考えの習慣があるから無駄なく行動できる。

そんな感じなんだと思うよ。

なんにしても、日々の生活習慣をいきなり極端に換えることもできない。
ストレスで死んでしまうかもしれないし。いや、ほんとに。

だから気が付いた部分からひとつずつ変更して改善していこうと思う。
こんな何でもないことがここまで世の中の人間の人間性へ影響を出していたなんて、考えもしなかった。

しかし…まさかここまで凄いとは…。うん。ある種の感動ですね。

年季の入った習慣の蓄積とは結構こわいものです。
ほんと今回は良い人生勉強でしたよ。

精神の革命を起こす切欠になった出来事に感謝です。
また、知らないことを知るというのは大切なことなのだとそう思います。

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見ている空間の異なりに魔が潜む

ひとつの出来事をたくさんの人間が見ていたとしても、感じ方は様々。
そりゃ、当たり前だよね。

各々が見ているその空間って、置かれている立場から物を見る習慣が付いていると、後々自分が痛い目にあう。その立場の名目が変わらず自分と関連している人間と続いたとしても、力関係が変わる。要は年月を重ねることで権力の差が出てくる。

その事実に目を伏せ…。いいや、理解したつもりの状態というべきかな。理解したつもりとは、頭の中では正確に理解している(自称)、しかし心が連動していない。結局、分かっていない。理解していない。ということなんだけどね。
まあ、その理解していない状態のまま、力関係を無視しつづけてしまったとする。

その成れの果てを意固地とか頑固とか、そんな表現になるのだろうかと思う。
その果てまでいってしまった人間は孤立する。

孤立の全ての原因がこのことです。とは、思うはずも無いけど、原因のひとつではあると感じているの。

この場合(力関係の変化を理解していないという意味で)の孤立ってさ…あまりにもかなしい。
年齢に関係なく多くの人が立場がどうあれ僅かな力関係の差を感じて生きていると思う。

そういうのって、見ているのも嫌だし、絡むのも嫌だし。ましてや自分が理解してない立場になるのも嫌。

それでも、絡んでないといけないような状況下に置かれたりもする。

そんな時、何が自分のその後の展開を邪魔するのかと考えてみた。
きっと、多くの人はプライドなんじゃないかなって思ったよ。
つまりは見栄。虚栄だよね。
その下にある自分の本当を見つけ出し、更に、それを表面化する。それってめちゃめちゃ度胸の要ることだよと実感してる。

でもね、見栄は、何の意味も持たず。カッコ悪いだけだから。
ましてや、そんなカッコ悪いヤツになりたくない。
だからこそ、今みている何かの視点の真ん中になっている起点をいつも探しながら私は生きている。

なんというか…

いやでしょ。
カッコ悪いのって。
どうせなら気持ち良く生きていきたいもん。


つか私の話はどうでもいいや。


まあ、この辺りで話しをまとめていくけど…
こうさ…。物事の起点になっていることって、辿ると不動の答えがある。
ただ、その答えが起点へ順ずる答えなのか起点なのかという違いはあるはず。
なんていうか…ゼロという数字から動かない何かというイメージがある。

そして、それらの起点の周りには、価値観や思想なんかの起点へ向かうものも密集している。

だけれども、それらは起点の周りに張り付いた「起点からの方向性」のひとつでしかないと思うの。

いろんなことをいろんなふうに考えてみたりしているけど…
それだとしても、方向性の一筋を本当だと捉えてしまうことがあったりすると人が魔の時に呑まれている。そんなことが多いように感じるんですよね。

まるで3Dを見て、誰かは見れたけど誰かは見えなかった。そんな感じの現象が異なる現実の空間を生み出す。その結果、異空間へずれてしまった誰かは異空間に存在してしまい、異空間からしか物事が読み取れなくなる。そんな感覚を受けることがあって。
また、そんな状態が続くと感覚が当然にぶってしまう。だから、魔が潜んでいても気づかずに足を踏み入れてしまう…。

立場や権力へ向ける意識(要は見栄)とは、そういう時空に潜む魔を容易に引き出してしまう。

まあ、結局は、見えない力が働く瞬間のひとつに見栄が多いに関与しているということ。しかも3D版。

大抵、どうでもいいような出来事が魔になったりするんですけど、そんな時って構えていると逆に気づかないもの。どっちかといったら肩の力を抜いて見栄を捨て、本来の人間の構造として備わった細胞により近づくことで異空間に踏み込みづらくなるものなんですよ。


誰にでも失敗はあるし、その失敗を糧として生かすためのひとつの材料。
そんな風にこの記事を読み取ってもらえれば良いなと思います。

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時代の波を知らぬということについて感じたこと

先日、とあること(人物A)がきっかけになり、私の身近な人物であるBと「時代の波」の話になった。

まず、ある出来事に直面した私は、それまでの自分自身の価値観から、目の前で起こっている出来事を遂行しているAに対し「正すまでではないけれど、同意はできない。私がAの立場なら実行しない」と感じた瞬間がありました。
けれども、その出来事に対し自分が感じた感覚は果たして正しいのだろうか。と、いつも実践している自分への問い掛けのつもりで向き合った。そして、その時に一筋の予測をたてた自分がいた。
それは、人物Aが実践したこととは、私が正しいとかまともという観点の話しではなくて、もしかしたらAの起こした行動自体が「時代の波」にのっとった行動なのではないかと閃いたのだ。

そのことをBに話しをしてみた。

Aがこの前、こんなことをしてて、こんなことがあったの。
それに対しBも私と同意見。それは個人の価値観かもしれないが、だとしても自分ならやらない。と、予測通りの反応が返ってきた。

だよね、そうだよね。と言いつつも先日閃いた時代の波の話しを伝えてみた。

「この出来事ってもしかしたら時代の波なのかな?」

そんな風な言い方をBにしたのだ。
流石に、ここから先のBの反応に対する予測は想像していなかったのだけど…

それって個人の価値観じゃないのかな。
その出来事を△と感じるか□と感じるかの違いじゃないの。

と、Bは話し始めた。
出来事に直面した私は始めに「正すまでではないけれど、同意はできない。私がその人物の立場なら実行しない」と思ったと前文で書いたよね。でも、その直後に正しいとかまともという観点の話しではなく…と、文を続けている。つまり、Bが2度目に答えたその話しは「時代の波」の話しではなくて、「価値観」をテーマに答えてきたことになる。第一、時代の波というからには「正しいものばかりではない」わけでしょ。時としてそれまでの常識みたいになっていた事柄を覆す出来事もある。
ということは、正しいとか正しくないとか、または価値観のお話しとは異なるポイントになるよね。

まあ、当然、私がその辺を見逃すはずもなく。
私の問い掛けは何に対しての問い掛けだったかというその部分に起点を当てて、話しをすすめた。

だけど、途中で余りにも話しが噛み合わなくて四苦八苦。互いの話しの論点がずっこけている。
でね、Bが時代の波を理解していないということに初めて気が付いたの。

なるほど。そう思うのと同時に、Bにそのままの言葉を向けた。

始めは時代の波くらいわかるよ。といわんばかりだったB。

そして留めのごとく(理解していないということを)Bが発言してしまったのが…
「時代の波っていうけど、それって、割合が多いとか少ないとかの話でしょ。ってことはさ、やる人も居ればやらない人もいるってことじゃんか」
と…。

だから最初に言ったじゃん…。と言葉を返す私。

だって、時代の波ってものを分析したら確かにBの言うように割合とかやる人とかそんなお話かもしれない。けど、私が始めに聞いたのは、「この出来事ってもしかしたら時代の波なのかな?」なのだ。
ということは、Bが答えている内容は答えではない。もしも何かの答えにBの言っていることが当てはまるとしたら、「時代の波ってどんなもの?」という問いなら当てはまるだろうね。

けど、この場合は違う。質問している方向性が違うのだ。

結局は、Bが時代の波を理解していないから、その説明へ話しの論点が集中した。結果、答えらしきものがもらえた時は私の中で疲れきってしまったのだ(苦笑)

まあ、それはそれでいいんだけど。

だけれどもね、今回は色々考えてしまったよ。直面してしまった出来事にしても、Bが時代の波を理解していなかったことにしてもなんだけど。「時代の波」のどこを見て人間関係を築いていくかというそういった考えは、時として本当のことを知らぬことで人間関係上の埋められない亀裂を生み出すことになる可能性が高いなって。そんな風に感じた。

よくさ、自分の考えが古いという言葉を出す人がいるでしょ。
それはそれで別に良いと思うの。
世の中には様々な観点があるのだし。

けどね、その考えとは別なポイント(または方向性)に存在する「時代の波の本当」をあるていど理解していないと、相手の心を踏みにじるし、更に、言いたくもないことを相手から言わせるように仕向けてしまう結果にもなると感じたの。

それって、(時代の波を理解していない人からしたら)自分を理解してもらえないというツボに入ってしまう。
しかも、理解してもらえないのではなく、時代の波への柔軟な対応が無いから「自分が理解していない」だけなんだよね。それだとしても、脳内で自覚している事柄は「自分を理解してもらえない」という事実として変換されている。
そのツボに入ってしまうと、小競り合いのようになってしまったその相手が「自分に嫌がらせか意地悪をしているようにしか見えない」わけ。

それでも、そうなったとしても、それ以上この関係を円滑に進めなくてはいけないという課題が相手側(波を理解している方)にあったとしたら、その相手は本当のことを嫌でもいうしかないわけでしょ。
要は相手の立場からしたらさ、自覚が無いのだから当然ハッキリと欠点を言うしかなくなるよね。

なんというか…最悪の結末とでも言うべきか……。

まあ、何にせよ、時代の波を理解できずに孤立するヤツにはなりたくないと心に誓った出来事でした。

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ハルカの霊感ワールドHPの更新をしました。鑑定時間等の変更がありますので、鑑定依頼の際はご確認ください。

「ハルカの霊感ワールド」
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福島の母 占い軒龍卑(haruka)
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1969/11/01
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占い師&マクラメ工芸士(講師もします)
趣味:
占い・読書(ほぼ仕事の本)・ガーデニング・その他諸々
軒龍卑の近況:
福島県福島市笹谷在住
現在は福島市笹谷にある、店舗【卯羅那石(うらないし)】にて鑑定をしています。店舗では占いの他にマクラメアクセサリー(ワークショップもあり)・柔道整復師によるリラクゼーション・インド刺繍リボン(業者卸有り)・天然石(業者卸有り)・雑貨などを取り扱っています。

なにげ修行は一生だという考えの持ち主です。
形の無いたったひとつの本当へ意識と脳が融合した状態で辿りつくことを数ある修行の中でも最低のラインと考え実践しています。

それから近年の変化ですが、霊界との関係性に変化があり、有効な知識を蓄え血肉にするため日々鍛錬しています。

私生活では極力霊界の事情を持ち込まないように、仮に持ち込んだ場合は速やか且つ敏速に対応しています。

それから私はかなりの方向音痴です。
なので出張へ行くと数回に1度の割で逆方向へ移動することが…。
しかも霊視中にも方向音痴が炸裂するので、東西南北ではなく時計表示&前後左右で方角を説明します。

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