白月光
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白月光

あなたは本当の自分で生きてますか?

精神の中心点から運命を歩く

今日は忙しい日常が一変して、束の間の何時もの日々が訪れる日です。
また明日から暫くは忙しい日常に戻ってしまいます。

忙しい時って、どうしてあれもやりたい、これもやりたい。そんなふうに具体的な欲求が沸くんでしょうね。
自分のためにしたいという欲求も沸くけど、フルで忙しいと、大切な誰かのためにと私は何故か考えてしまうんですよね。

よく、忙しい時ほど充実していると言われるのは、体や頭を使いこなすことで、精神の中心点を刺激されるからかもしれないですね。

それがいい意味で刺激の連動となり、また、連動が共鳴となり、自分の精神の中心点に木霊する。
その現象が人間の持てる可能性や生きるための意欲をより良く育ててくれる。
こういった人の不思議を知れば知るほど、人の心は宇宙の仕組みのと同じように神秘的だと感じます。

肉体は年齢と共に変化していくし、肉体の最高の時期があるから下向もします。
しかし、人の精神は、上昇を維持していくことができるのです。
その人間の不可思議な神秘にはきっと意味があるのではないかと私は考えています。
もしも、老化と共に精神も退化していくような肉体の構造だとしたら、今在るこの世とはまるで異なる世界が存在するでしょう。

だとしたら、なぜ人はなだらかに老化していくその肉体と異なる線を描き、精神が上昇しつづけるのでしょうか…。

人の能力を遥かに超える大いなる力は人間へ何を望んだのか。

この時代、この家族、この運命。
それらの全てには意味がある。


「自己の持てるもの全てを生かしきること」

それをまっとうすることに意味があるのではない。

今だからできる生かし方。
今しかできない生かし方。

その精神の中心点は誰の精神にも存在しているものだと私は思います。

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自分の中の常識と世のまとも

人と人は寄り添いながら生きている。

けれども時として、寄り添う行為自体が重すぎ、重圧を感じることがある。

それは正と言う名の自己の中での常識と
正とは異なるかもしれない自分以外の誰かの常識が

ぶつかり合い

反発しあったりもするからだろう。


それまで生きてきた生活習慣から当然のように生まれる
そんな、我が習慣がある。

その習慣がいつでも当たり前のようにまかり通ってしまうと
どんな場面でも世の常識のような顔をして登場する。

それを誰かに否定され続けたりすると
今までの自分の全てが否定されているように思えることがある。

そんな時に

あなたのそれは世の常識では無いし、
ハッキリ言って間違っていると毎回のように威圧されたら、
人によっては心を閉ざしてしまう。


…私は思うのだ。


自分以外の人間も
自分と同じように
みんながやっている。

だから

この世の常識だよ。


そんな風に思うかもしれない。

だけれども、

それは

ただ単に

多くの人がそうしているというだけで

間違っているかもしれないのだ。


だからこそ
それは、ある側面の答えでしかなくて。

きっと

真ん中の中心になっている本当のことは
もっと別のことなのだろうと思う。


日々の生活習慣により長い年月をかけて

心と脳の連動という

人間性を作り上げる。


果たしてその生活習慣から生まれ出た人間性は
世のまともというのだろうか…。

人が自己の精神を省みずに
当然のように生きていたら
いつかきっと自分が辛い思いをすると思うのだ。

人にはがんばらなくちゃいけない容量があって、

その容量をサボっていたら

当然、後になってシワ寄せがくる。


だから

未来の自分が
今の自分よりも
少しだけ楽になるために

もう一度

当たり前ではない何かの芽を探すことは

今からの運命を変えていくことに繋がるもの。

……そんな風に思います。

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和みの時を




オルゴールの音色は
どうして心に木霊するのでしょうね。

気づかずに張り詰めた神経を
少しだけでも休めることは大事。

日々の無駄に見える僅かな時間が
運命の軸になることもあります。



PCのみ再生可能

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唯一無二の魂

魂…。
それはこの手で触れることのできないもの。

そして

肝臓のように
根底から湧き出す邪を必死に解毒する。


邪を解毒するのは

魂の本質を守り抜きたいから。

そして

魂自体が今を生きる唯一無二の存在だから。


でもね、


なによりも


今在る自分を守りたいからなのだ。


根底から湧き出る邪の解毒を必死になってしているのは
何時のときの自分なのだろうか…。

5歳位かもしれないし
赤ちゃんかもしれない。

きっと…
泣きながら

それでも必死になっていることだろう。

そして、いつか大人になった自分だけは助けてくれると
揺ぎ無い気持ちで信じているかもしれない。

決して見捨てるはずがないと
そう信じているのかもしれない。


これは、スピリチュアル的にキレイなイメージを持って欲しくて書いたわけじゃない。
今まで見てきた魂の殆どが
幼い魂のままで、頑なに、今の自分を信じていた。

私が見てきた真実をもとに書いている。


幼い自分に毒を飲ませ続けていたら
今在る自分の心が平気でいれるはずもなく
何かしらの変調のサインは出されているもの。

故に私は思う。
幼い自分を失望させてはいけないと。

だって
それもこれも自分の中で弾ける心の全てが自分なのだから。

だからこそ、手を取り合い慰めあいながら、自分と向き合って欲しいと。
本当に心からそう思うよ。

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魂が感じる時空の波

時空の切り替わりは

波の上で揺らぐ何かが

何処からとも無く舞い降りてきた波にさらわれ

辿り着くはずの果てではなく

辿り着くはずであったその地からは異世界と呼ばれる場所に流される

だから
波にさらわれた果てに辿り着くその地には

辿り着いた者しか判らない違いがあって

また
辿り着いた者しか判らない平凡な毎日がある


異世界に見えるこの世の果てに在るその地は

実際は

果てでも何でもなくて

本当は

ただの土地で


ただひとつだけ異なるとしたら

魂の中心が躍動しているか
魂の中心から停止したかのようになっているか

その違いだけなのだと思う

魂は心の目が宿る神聖な部位
魂は心の本当を分別して肝臓みたいに解毒する部位

だからこそ
心が毒素にまみれてしまうと
解毒が追いつかない
結局は心が震えてどうしようもなくなってしまうもの

魂はもともと気体だから
この大空に散乱している大気と変わりない

だからこそ

構えず

気負わず

この青空と共に在る大気のように

そして
この肉体に縛られるだけの心で居る必要も無いのだから

静かに

少しずつ

心の緊張を解いていこう

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悪鬼消滅

邪悪は沈下し

今宵の魔を抹消し

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願わくば


我に取り巻く全ての邪念を取り払うことを


今宵より空間がずれることを


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ただのぼやき

今日は久々にあづま温泉へ行ってきました。
お天気も良いのでお布団を干して(もらって…苦笑)から、車でお出掛け。

開店して間も無く位に到着したので、貸切とまではいかなかったけど、かなり空いてました。

うーん。やっぱ、温泉は良いですね。

露天風呂から信夫山を見下ろした時のあの気分は最高ですね。おかげで湯に浸かり過ぎましたけど…。

ほいで、温泉施設を出た隣で野菜が売っていた。で、迷わずお買いもん。

温泉のご近所らしき年配の女性が新鮮野菜を売っていた。

ハ竹(はちく)とキャベツと白菜とみょうがだけ(ハ竹は5本程度で200円。他各100円)を購入。
八竹って、灰汁抜きをしないで食べれるそうですね。竹の子は全部あく抜きをするのかと思っていた、私。なので、ちょっとだけ意外な発見でした。

※画像はハ竹です
096b463d.jpg




それと、温泉施設の正面よりも右側に象の像があるのだけど…。あれって、1本の木から作った代物だとか。
ってことは、象のもとになった木はかなり巨大だったはず。

ほいでもって、その木を削って象にしてしまった人は、すごい人だ。

つか…
あんな巨大なものを運搬するのも大変だと思ってしまうね。

しかし

なぜに象なんだろうか。ちなみに2体の象の像があるんだよね。
単なる象好きか…

まあ、それはどうでもいいや。それほど気にもならないし。

そんなことより、白菜を買ってきたから白菜の漬物を作るのだ。
シンプルに昆布だしと鷹の爪で。

でもって、ハ竹は炊き込みご飯には(柔らかいので)不向きといわれたから、何して食べよ…。


つかさ、たまにさ…


ご飯の献立を考えているとね

すごーく

すごーく

面倒になることがあるんだよね(笑)

なんていうの…
塩でもご飯に振って食べてよ。
そんな気分になるんだよなぁ…(笑)

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夢を夢で終わらせないためにささやかなエールを…

危ういバランスというのは奇妙なもので、そのおかしいなりのバランスをひとたび維持してしまうと、まともなバランスよりも強靭だったりする。

山の岩が他の岩に傾くように寄りかかっていたとする。

でも、いざ、それを動かそうとすると並みの力じゃ無理。

逆にそのまま自然に存在している岩のほうがどうにかなったりする。

人の精神のバランスもそうなっている。
自分で定めてしまう危ういバランスもあれば、外からの大きな力により危ういバランスをとるものもいる。

だけれども、何かの拍子に点と点で支えあっていたそのバランスを崩すような何かの力が加わると、一気に崩壊することもある。

また、

安定したまともなバランスに見えていたものが、実は多大な不安要素を存分に含んでいることもある。

だからこそ、物事にしても、誰かの気持ちや自分の気持ちにしても、そういった判断にまつわる物事を白黒で決めてしまうというのは、とても危険なこと。

もしかしたら、
今の自分は崩壊寸前かもしれないし、
安定しているのかもしれない。
若しくはそれらとは異なる状態かもしれない。

それだとしても、
それらの様をこうなんだと決定するということは、

「そうであるはず」

という運命しか待ち受けていないものです。


「そうであるはず」という本当のことが存在していればいいのだろうけど…。

もしも実在していないものだとしたら
その後の運命は「仮想の運命」を現実に居ながら歩いていかなくてはいけない。

それはまるで本の中の主人公。


その様は…

夢は夢でしかなく

本の中だけで生きている夢でしかなく

夢のままに終わる何かでしかなく


夢に真実がなければ

夢に本当がなければ

儚く終わる夢…。


だから


夢を夢で終わらせないために
白と黒だけじゃなく


「わかるけどわからない」という

グレーゾーンの世の本当も必要だったりするものだと
そんな風に思います。

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プロフィール

HN:
福島の母 占い軒龍卑(haruka)
年齢:
56
性別:
女性
誕生日:
1969/11/01
職業:
占い師&マクラメ工芸士(講師もします)
趣味:
占い・読書(ほぼ仕事の本)・ガーデニング・その他諸々
軒龍卑の近況:
福島県福島市笹谷在住
現在は福島市笹谷にある、店舗【卯羅那石(うらないし)】にて鑑定をしています。店舗では占いの他にマクラメアクセサリー(ワークショップもあり)・柔道整復師によるリラクゼーション・インド刺繍リボン(業者卸有り)・天然石(業者卸有り)・雑貨などを取り扱っています。

なにげ修行は一生だという考えの持ち主です。
形の無いたったひとつの本当へ意識と脳が融合した状態で辿りつくことを数ある修行の中でも最低のラインと考え実践しています。

それから近年の変化ですが、霊界との関係性に変化があり、有効な知識を蓄え血肉にするため日々鍛錬しています。

私生活では極力霊界の事情を持ち込まないように、仮に持ち込んだ場合は速やか且つ敏速に対応しています。

それから私はかなりの方向音痴です。
なので出張へ行くと数回に1度の割で逆方向へ移動することが…。
しかも霊視中にも方向音痴が炸裂するので、東西南北ではなく時計表示&前後左右で方角を説明します。

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