白月光
白月光

白月光

あなたは本当の自分で生きてますか?

心の温度を温めてくれるもの

とある仲良しさんから聞いたお話。

五月病に続いて六月病があるんだって!!

それを聞いた私は電話口で思わず噴出してしまった。大笑いだし。
六月にそんな名前がついてしまったのね…。

まあ、その人とお話をしていると終始に笑いが飛ぶ。

笑うことは良いことだよ。うん。


そういや夜中のメールでも笑ったな。
その時の笑いのお相手は、妹みたいにかわいい存在の子。

クマのぬいぐるみに「ハルカ」って名前を(本気で)つけるのだそうで(笑)
ちなみにクマは私(ハルカ)そのものなのだと言うし。
大笑いしながらも憎めないなと。なんかね、彼女の真心に触れたみたいで優しい気持ちになったりしてさ…。

真心を貰った瞬間って、心を洗われることがある。

けど、やっぱり。
それでもね、

そうかい、私はクマかい。とか思ったけど(笑)


なんていうか、笑うことは当たり前じゃないけど、大事だよね。

こう、余りにも辛いと腹の底から笑えなくなるでしょ。

最近、ちっとも笑ってないな…。なんて、自分を振り返ると虚しい気持ちが込み上げてきたりしてさ。やっぱ、そういうのはさみしい気分になるよね。

だから、せめて、心の緊張を取る。そんな自分なりのアイテムがあれば心強いよねとか思ってしまいます。


まあ、
これをしたら落ち着く。

そんな感覚は人により様々だし、
だからこそ自分だけのアイテムが見つかるといいよねと思うのだ。

拍手[0回]

人間性の一部

とある人間が文章として記していた言葉。

ノイローゼは言いたいことを我慢するからノイローゼになるのだ。

そんなことが書いてあった。言いたいことを言っていれば、確かにノイローゼにはならないだろう。
しかし、単に言いたいことのみを表現していた場合はどうだろうか。

その表現する言葉にもよるけど、確実に周りからあぶれていく。ほかされて始めて自分が危険を冒していたことを知り、結果として積極的な言動を慎んでしまうことも在る。

言いたいことを言わないと、怒りや悲しみ楽しい気持ちなど、人の持てる様々な感情が脳に伝達されなくなる。まあ、正式には伝達はされているのだろうけど、自覚が無いのだ。
その自覚の無い中、混乱した思いたちは自分が作った蓋の下へ追いやられていく。

すると、そういう思いたちは蓋の下で暴走する。

蓋は感情を認識も認知もしなくて済むような役割を果たしてくれるから、だから、追いやられた思いたちにとったら好都合。

だけど、蓋から蒸気が上がる。

苦しいよ。

いやだよ。

助けて。

でも蓋が言葉という言葉を遮るから、声は聞こえない。
その代わりに、その言葉を思った時と同様な不快感が自分の感情を支配する。

それが情緒不安定の根源だったりもする。
別にノイローゼになっていなくても、環境の影響なんかでも簡単に心のリズムが乱れるから情緒不安になる人間は結構いると思うよ。

じゃぁ、蓋を取ったらいい。

じゃぁ、言いたいことを言いなさい。

逃げていちゃだめでしょ。がんばって。

なんて、そんな台詞は嘘ばっかりの言葉。
蓋を取れるならとっくに取っているし、
言いたいことを言えるなら既に言っている。
逃げているんじゃないし、前からがんばっているよ。

そんな心の声が届いてきそう…。

私は思う。
辛いのに辛くないなんて言わなくていいと思うし、
楽しくないのに楽しい顔を作らなくてもいいと思う。

だって、辛いのは辛いんだし。楽しくないのは楽しくないのだから。

それでもね、一握りの思いやりを忘れなきゃそれでいいと思うのです。

なんというか、言いたいことを言えない人は大抵が膜のように何かが心の中に張り付いている。
その膜がなんなのかが分からなかったとしても、存在を意識しているのなら構わない。

けど、無自覚だった場合、時として言葉という暴力が生み出されることが在る。
親がしつけと言いつつ子供を怒り任せに殴る。
暴力からは何も生まれやしない。せいぜい敗北くらいなもの。
そんな暴力と同等の言葉。
暴力という名の言葉の武器。


それだとしても、
僅かな配慮を続けること。
それが人間性なのだと思う。

その境地を受け止めようとする者は、いずれ、荒れの無い海中に辿り着くだろう。
また、嵐の無い上空に行くだろう。

例え現実という名の何かが荒れていたとしても、その中で生き抜く自分がいるだろう。

拍手[0回]

ただ何となく思ったままに…

たまーに、広島に行きたいな…。なんて最近おもうようになった。
広島は、宮島に行きたい。

高校の時に修学旅行で宮島へは行ったけど、なんというか、今の私が宮島へ行き精神の穢れを清めたい気分なのだ。まあ、その感覚は、神社や寺院等を訪れ神聖な何かにあやかりたいと思う、そんな感覚に近いのかもしれない。

何のために人間は生きているのか。

以前、そんなことを一時期考えていたことがあった。
でも、結局さ、人は何のために生きているのかという疑問を経て、自分は何者なのかという新たな疑問を生む。

プログラムが組み込まれたかのように、そういった疑念を持つ時期があるらしい。

私は何時だったか、そういう拘りに拘ることをやめた。
そして、人は誰もがみな自由なのだと、精神の自由を理解した。

だけれども、それは私が辿り着いた今在る人生の場所でしか無いわけで。

つまり、精神の自由が人間に与えられたものだとしたら、こんな境遇だった人は?
とか、色々な疑念が浮かび上がるだろうと思う。

それでも、私は言う。

だとしても、精神の自由を奪うことは誰にも出来ない。
境遇は強制的な状態になっていたとしても、精神の自由は誰にでも在るよ。

その境遇を恨むのも自由。

嘆くのも自由。

そんな風に思う。

拍手[0回]

「本当の意味で過去を振り返る」ということについて考えてみる

友達や仲間。ばかをばかとして素直に笑い、時には共に涙を見せる。
だが、時には身近な立場から怒りの言葉を送る。
こういった事柄が回転して初めて関係が続く。

けれども、世の中にはそういった事柄を加味しても表面だけの関係ができあがることもある。

しかし、その関係が水面下で起こっている膿のような出来事を無視し関係を続けることもできるだろう。

けど、その膿が破裂することもある。

破裂した瞬間は互いが一瞬(もしくはその後のとても長い期間)現実を把握するには困難なことの方が多い。

ましてや膿の量が多ければ多いほど、膿という厄介な存在により思慮や配慮という人がいとも簡単に崩壊してしまう部分を膿が直撃してくる。

直撃されると当然、通常の実力以下のレベルで思慮や配慮を欠くことになる。



その時を振り返り、そんなこともあったと人は言う。



その時を振り返り、ああ言うしかなかったと人は言う。



その時を振り返り、若気の至りだと人は言う。



でも本当にそうなのだろうか。

その振り返る事実は過去の何を見て何を振り返っているのだろう。

それまで生きてきたことが不完全なりの完璧ということを理解しているはずなのに、それでも、そうやって浸る瞬間の多くの人は――、


振り返ることもせず前を見据えたまま哀愁に浸っている。


また、現実的な物事の整理はどこともなく消えてしまい、
ただあるのは手の平ですくった都合良く構成され書き換えられた思念なのかもしれない。

私自身、未だそういった意味で、人間の持つ自愛の深く柔らかな部分にまで到達していないのだろう。

だからこそ、こういった観点から物が言えるのかもしれない。


しかし、そんな私でも思うのだ。


現実が見えていない愚かさというものは
年を重ねたから身につくものではない。

ましてや自分を本気で正す意思が伴わなければ
「本当の意味で過去を振り返る」ことなど出来ないと思う。

拍手[0回]

鬼魂

前回の記事で上げたRPGのオンラインですが、即効でアップしてしまいました。

私は滅多に顔を出さないのだけど、ここのサイトが好き。
このサイトは「鬼魂(おにだましい。通称おにたま)」という「Mゲーム」や「@ゲーム」のサイトから、会員登録をすることで、ダウンロードして遊べます。
まあ、基本は無料で出来ますよ。


で、私のキャラですが……

(画像をクリックで拡大)
5bfca720.jpg
この威張っている尾梶さまがわたし。

ほいで

はむたお―がだんなさん。
とっとこがペット。


a9d37b84.jpg
で、(右側の画像)このソフトクリームは
だんなさんに買ってもらったのだ。
ついでに狼のペットも買ってもらった。
あと、頭に乗っているうさぎさんも買ってもらった。うふふ。

いいや…

正確には

ぜぇーんぶ



…タカリました。




d289dc51.jpg
ほいでね、(左側の画像)

この背負っているパンダも買ってもらった(つかタカリ…)。

レベルが20になったら、パンダのペットをはむたおーに、いや、だんなさんに買ってもらう。うふふ。


いつも居るわけじゃないから、見かけないかもだけど…
もしも私を見かけたら、ぜひ、声を掛けてくださいね(笑)

拍手[0回]

秘密行動……

ここ最近の私は、ちょっと個人的な趣味に走っています。
で、なにしてんの?

と、思うだろうけど…。


教えるわけがない(苦笑)


だって、教えたら、こっそりと楽しめなくなってしまうもの。

ここに書いたらバレてしまう。それはだめだ。


だから教えない(笑)


まあ、たまに大分以前に紹介したカーニック(世界の人たちがネット対戦のオセロをするサイト)とかには顔をだす。
で、ボロ負けすると、
ムカついて


PCを落とす。


ほいで、自分よりもレートの高い人にボロ勝ちすると、


つい調子に乗って遊んでしまう。

勝っていると…つい(笑)



でもさー、
今やっている趣味の場は誰にも教えない。
けどね、聞かなくていいよとか、アッサリ思わないでね(笑)

というか、教えない1番の理由は、
普段から繋がりのある人と一切接点の無い状態でやりたいのだ。

誰にでもあるよね、密かな楽しみって。
無いよ。とか、哀しくなることを言わないでよ(苦笑)

あ、今度ね、ほんとのたまにしかやっていないんだけど、
オンライン対戦でやっているRPGのことを書こうと思っているのだ。

ちょっと趣向のずれた私は、
見た目と難易度の低さだけで決定する。

まあ、そのうちそのゲームに出ている私のキャラの画像を紹介しますよ。

かわいいですよ、キャラ。
きっと、そのかわいさにずっこけて笑ってしまうかもしれない。
ではでは、キャラに、余り期待をせず待ってて下さいね~。

拍手[0回]

辿り着こうとする果て

人は時として本能のおもむくままに行動をする。
事が大きくなれば犯罪となり、
事が小さければ食事や他愛も無い行動となる。

全ては本能という無意識から湧き上がる感情によって支配される。
当然、霊的に言えば本能という観点とは異なった位置から支配を受けている。

本能は卑しく醜く汚らわしいのかもしれない。

たとえ、その人間が社会的にどれほどの功績をのこしていたとしても、
遺伝として備わったベースが悪に偏っていたりしたら、
どこまで上り詰めても機能的な意味も含めて充実感など存在しない。

だが、その意味は
人間が儚く木偶のようなものということにもなるし、
どんな人間であっても、それがどのような状況であっても、
それらの環境のもとにある人間の精神は
自由だというのと同じことなのだ。

***

さて、そういった感性も含め
人間が生きるために備わった脳がある。

また、脳は神業ともいえる機能を持っている。

だが、その神業は時として生きるためだけに稼動し、
自分自身が気がつかないポイントで「自分(の脳)に騙される」。

しかし、そういった機能としての神業を自分自身の肉体から見出すことは
とても難しく困難だと言える。


前文で、全てが本能により支配されている。と言ったけど、
本能は支配しようとしているだけで
実際は支配できないのだということ。

逆に、
なぜ支配できてしまうのかというと、

それは自分が本能に賛同し、
同等の意見だと最終決断を下すからなのだ。
つまり、自分が決定しない限り、
(本能から湧き出た思いを)脳が単独(この単独とは少なくとも本能を司るエリア)で「最終決断」などできないということ。

まあ、この部分は幾らでも話が間延びしてしまうので
このあたりで止めておきます。

ところで、今まで使っていた思考回路がありますよね。
その回路は脳機能が必要に応じて提供してくれた回路。
この思考回路以外に、思考回路と言う名の道筋は幾万通りもあるはず。

でも、
使わない道は封鎖されてしまう。
バスに乗る人が少ないからこの路線は通らなくしますというのと一緒。

で、こういった機能に支配されつつある人間の肉体だけど、
支配されつつあると言うことは
支配されてはいないわけで。

ということは、
その残り粕のような数パーセントがなんなのかと言うと…

「自分の意思」

と言われている部分。

じゃぁ、自分の意思ってなに?
意思とは本能から生え出た思いとリンクしたもの。
更に、自分がどんな思いであろうと「こうだ」と認知したもの。

その「こうだ」と思えるものの判断基準が思考回路と関与している。

しっかり使ってないと
脳に騙される。

でも
しっかり使っていても
脳に騙される。

それだから脳は神業なのだと思うのだ…。

けどね、
数パーセントの何かが何だったとしても、
その数パーセントが認めたものが

今の自分の気持ちや意思

となってしまう。

その気持ちや意思が脳に騙されてた結果なのかもしれないし、
騙されていないかもしれない。
その基準や判断をすることは専門家でなくては万人には無理だ。

だからこそ、
状況分析をしないことや
感情を前面に出した行動は
途轍もなく危険だといえる。

それでも、
自分自身が今わかる範囲、
それが自分の中での

真実

だということ。

間違っていたとしても、
正当だったとしても、
なんだったとしても、

それが真実でしかない。

だから、
ひとつひとつ丁寧に繰り返すことで
本当が生まれる。

その本当とは、
この世で間違っていても、
狂っていたとしても、
自分の中で本当なら本当なのだ。


精神が旅に出てしまうと
何処まで旅を続ければ良いのかわからなくなる。
それでも、
そんな場合であっても、

わからないことがわからない

という、その思いが今の本当なのだと
そう思います。

拍手[0回]

それは不浄ではなく生きるために与えられたもの

欲――。
その言葉は宗教的にも道徳的にも忌み嫌われている。

しかし、
欲とは生きるもの全てに与えられた生きていくための本能なのだと私は思う。

ただ、欲は時として人間関係を崩壊する。
その危険性は誰もが秘めたことなのだとは思う。

欲を持ち、
その欲に自分が執着する。
すると、
この世の「欲」の意味をものも見事に成立させる。



では、理性により本能から出てきた「欲」を抑える。
または消せばいいのか。


とも考えることが出来る。



けど、違う。

抑えることも、
消すことも、
それは違う。

私は、そういうことに対し共存するものだと思っている。


また、同時に、今言いたいことは、
人が吐き出す「殺気」とも関連していえること。

殺気も欲と同等で、
殺気を持った自分に執着するから
殺気という意味を完成させてしまう。

欲でも殺気でも、
こういった
本能から生え出てくる「防ぎようのない思い」
というのを消すことのほうが不自然だと思う。
それを思ってしまう自分が穢れた人間だと感じてしまう人もいると思うけど…

でもね、

自分を汚いとか醜いとか思うのであれば、
それは違うよということ。

欲は生きていくために必要な本能。
それに、
それが人間。

汚いとか醜いとかあるとしたら、
本能の思いを容認してしまう脳機能。


私は本能へ執着しなきゃいいのだと思う。

自分の脳機能に騙されなきゃいいだけ。

自分が拘ることに拘っている
つまりその現象をつくらなければいい。


なんというか、
こんなことを書いたのも、
ちょっと色々と思うところがあって書いてみたんですけどね。


つまるところが、
人は皆が欲で生きているのは、
生きている限り仕方ないよってこと。

でも、それを丸出しで生きていたら辛いわけ。

だからこそ、
ああ、今、殺気だっているんだなとか、
非常にムカついてますとか、
自分が少しだけ離れて本能を見れたら生きやすいよねって…
そんな風に思います。

拍手[1回]

占い軒龍卑のBlog




CM(コメント)のパスワードについて

パスワードを
あらかじめ入れた状態で投稿しておく事で

コメントを送信完了後でも
パスワードを入れれば
編集ができるシステムになっています。

またパスワードが無くても投稿はできます。

気軽にコメントお願いしまーす(^_^)/

プロフィール

HN:
福島の母 占い軒龍卑(haruka)
年齢:
56
性別:
女性
誕生日:
1969/11/01
職業:
占い師&マクラメ工芸士(講師もします)
趣味:
占い・読書(ほぼ仕事の本)・ガーデニング・その他諸々
軒龍卑の近況:
福島県福島市笹谷在住
現在は福島市笹谷にある、店舗【卯羅那石(うらないし)】にて鑑定をしています。店舗では占いの他にマクラメアクセサリー(ワークショップもあり)・柔道整復師によるリラクゼーション・インド刺繍リボン(業者卸有り)・天然石(業者卸有り)・雑貨などを取り扱っています。

なにげ修行は一生だという考えの持ち主です。
形の無いたったひとつの本当へ意識と脳が融合した状態で辿りつくことを数ある修行の中でも最低のラインと考え実践しています。

それから近年の変化ですが、霊界との関係性に変化があり、有効な知識を蓄え血肉にするため日々鍛錬しています。

私生活では極力霊界の事情を持ち込まないように、仮に持ち込んだ場合は速やか且つ敏速に対応しています。

それから私はかなりの方向音痴です。
なので出張へ行くと数回に1度の割で逆方向へ移動することが…。
しかも霊視中にも方向音痴が炸裂するので、東西南北ではなく時計表示&前後左右で方角を説明します。

記事一覧

軒龍卑より

占い軒龍卑の最新情報




ハルカのぼやき






you tube

Healing Graphic arts

by: 軒龍卑













最新TB

ブログ内の記事検索



kaiseki‐test

アクセス解析

リンク集

リンク希望の方はURLを明記して、メールフォームからどうぞ。(リンクフリーではありません)

((([\/]  軒龍卑にメールをする

(1)印の部分は必須です。未記入だとメールが私宛に届きません。(2)記号や( )、特殊文字等を入れると文字化けしてしまうので、ご注意を。

最新CM

コメントを残していきなさい(笑)って冗談です。気軽にどうぞ。



[04/18 うに]
[11/15 うに]
[12/26 うに]
[10/19 うに]
[02/01 うに]
[01/24 うに]
[11/10 うに]
[09/27 アイカネ]



※当たり前のことですが、悪戯を目的とした書き込みや荒し行為は禁止です。