白月光
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あなたは本当の自分で生きてますか?

高飛車とプライドに懺悔

先日、ノベル系の小説を古本屋で購入した。
その本は女同士の友だちには嘘があるという内容をメインに、最終的には嘘や嫉妬、そしてプライド。そんなものを乗り越え本当の友情に達する。というようなことが書いてあった。それほど文字数が無かったので、合計して数時間程度で読み終えた。

で、その本を読みながら思い出を振り返った。だから今日はちょっとそのことを書いてみようかなと思う。

私には、高校生くらいの時に大の仲良しだったRちゃんがいた。Rちゃんとは高校を卒業してからも約10年ほど関係は続いた。でも、私は九州や関東、そして東北とあちこちに移動していた時期があり、Rちゃんとは、いつの間にか疎遠になり、現在はRちゃんがどこでなにをしているのかさえわからない。

さて、女の友情なんてそんなもんか。なんて思えるような出来事は、女性なら誰にでもありそう。私も、Rちゃんとの友情で半端無く決裂したことがあったな…。ま、その女同士の友情を疑う時ってやっぱり男がらみが多かったりもする。私とRちゃんも例外なく、そのパターンだった。
しかも後から後から出てきた事実を目の当たりにして、怒りを越え、放心した記憶がある。ただ、男がらみとはいっても、取った取られたとかそんなんじゃないけど、男に関わることで嘘があったという感じかな。
当時は、Rちゃんを憎んだりとかした。でもね、今になって考えるとRちゃんをそこまで仕向けてしまったのは私なのかもなぁ…なんて思うようになったよ。

私は、いつでも正直にRちゃんに向いていたつもりだったけど、二十歳前くらいの頃って、いくらかはプライドが高かったんだろうね。ま、今はプライドなんて見る影も無いけどさ。
でね、そのプライドは、正直にRちゃんへ向いているつもりでも、出した言葉によって傷付けていたんだなとか、私の態度はそうとう高飛車だったんだな…なんて次々と反省したよ。まさに懺悔の気持ちだね。あんな風な言いかたをしたら、辛いに決まっているよねというようなことを平気で言っていた。しかも、これが正しいよねとか思っていたし。今思うと、最低なことをしていたな…と、しみじみ思ってしまう。

ちなみに、ノベル系の小説を読んで、あまりにも私とRちゃんとの(現実的な出来事というよりは、精神的なやりとりの)状況が酷似していて、胸の奥が傷みました。

ああ、後悔しても遅いとはこのことだよね。Rちゃんの居場所が分かれば直ぐにでも連絡をとりたいよ。けれども、同級生の誰に聞いても、みんなRちゃんの住所は愚か接点もないんだもの…。当時の自分をRちゃんに謝りたい。なんか、互いがどこにいるのって探しあっているのは(霊感で)分かるんだよね。Rちゃんも今になって思えば霊感があったということに気がついたけど。


それにしても、どうしてこうも女同士の友情とは複雑なんだろうね……。

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五感で伝える言葉

静粛を取り戻した深夜
五感で感じる言葉が在る

獣は
体毛の1本1本がまるで神経が通っているかのように凛とする
また体毛の1本1本で言葉を拾う

そして
澄んだ空気を伝い
届く思いが在る

この世に届かぬ思いなど無いのではないか

ただ ただ 届いても
伝わらないこともあるというだけなのではないのだろうか

青い月は白々と燃え
突き刺さる空気は毛穴にかえり
五感は同調しようとする

だけれども
目に見えぬ同調は日々の生活に見送られ
砂をかけたように埋もれていくだけなのかもしれない

届かぬ思いは伝わらぬだけで
伝わらぬ思いは砂に埋もれていく

それだとしても

この世界の中で
蜘蛛の糸のように張り巡らされた五感たちは
さまざまなやり取りを経て
この世に命を宿している

青い月夜に祈りを捧げることで同調する
天へ繋がる祈りは空気を伝い届けられるもの
そこに愛が無くても
そこに恨みが無くても

なんだとしても

天に通ずる思いは信念により必ずや届けられるもの

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他愛も無い気持ちが一番大切だったりする

遠く離れていても
届いて欲しい思いがある

伝えたい思いがある

ほんの些細なことを聞きたかったり
どうてもいいことを伝えたかったり

けど

生きていると自分の都合があって
伝えきれないことがたくさんある



それは

離れていても
一緒の屋根の下に暮らしていても

同じ



生きている

生かされている

今がある


伝え切れなかった思いは
シャボン玉みたいに消えていく

伝え切れなかった思いは
シャボン玉を写真にして思いを伝える

愛は尊く偉大なるもの
ささやかな形でも伝わるもの

全ては思いの密度に至り
全ては言葉に集結される
やはり 人は言葉としての思いがないと伝わらないもの

態度だけでは伝わらぬもの

ありったけの愛は感じた思い
ありったけの愛は大事に伝える思い

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鏡の私と勇者の私

独りで生きていける

そんな強がりも若さがあるから
そんな強がりも感覚が麻痺しているから

たくさんの強がりを吐き出していくと
弱くて
小さくて
何も出来なくて
何の価値も無いような自分がいたりする

人はそんなものだと思う

その感覚が無くなると心の何処かが悲鳴をあげる
助けて
こわいよ
逃げたいよ
そう叫びだす

でも多くの人間は
心の鏡を通して
弱くて情けない自分の姿をみる
でも
魔法の鏡には
私じゃなくて
誰かが映る

苛立ちを押さえたとしても
心の中だとしても
言葉として吐き出したとしても

私の代わりの犠牲者が私の鏡にまざまざと姿を現す
クスクスと意味も無く相手を嘲笑う
 
……何がおかしくて笑っているのだろうか

哀れむように手を差し伸べる
…誰も望んでいないのに


もう いいでしょ
充分に苦しんだよね

ここから
この檻から
そろそろ解放してあげてもいいよね

傷ついて
みっともなくて
何の自信も無くて
そんなんでもいい
なんだっていいんだ

ここまで生き抜いた自分は勇者
どんな姿であれ掛けがえのない勇者

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思いをそのままに伝えたい

燃えるような夕焼けも

息をすることも忘れてしまうような日の出も

知らず知らずに積み重ねた邪悪を祓う絶景も


全テハ心デ見ルモノ


目は人間にとって必要な臓器だけど
大切なものだけど


それ以上に大切なのは

感ジル心


中途半端に助けるなら構わないで
そう言って拒絶する心は 
得体の知れない闇に脅え震えている
本当の愛 に 飢えていることも知らずに…

ただ ただ 人の温もりだけを求め
ただ ただ 本当の愛だけを求め
只管 彷徨うけもののように 血に飢え
戦うことでしか生きていれない

全てを傷付けることでしか生きることができない

それでも それだとしても
生きていて欲しい
この世に要らないものなど何も無いのだから

全テヲ心デ感ジテ欲シイ

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プライドという外壁

プライドは人間関係の摩擦を呼び起こすもの。
何故、人はプライドを持つのか。

虚勢という意味の無い権力保持は自己満足に尽きないものだというのに。

虚勢を張り自己を肥大する。

虚しさと惨めさと、敗北感しか生み出さぬ、そのプライドには何の意味があるのだろうか。

人を見下す愚かな視線も、プライドだったりもする。

常に自分よりも劣勢を持つ人間と比較しなくては居れないほど、不安なのだろうか。
また、そんな比較しながら生きている輩とは違うのよという、一見、悟りを開いたような感覚も、時としてプライドだったりもする。

考えていくとキリがない。
考えることに終わりはなく、永遠に答えなどのない思考の世界。
だからこそ、人間の体が宇宙と一体だと言われる意味も頷ける。
それ故、2012年アセンションなのだろう。
まぁ、アセンションはどうでもいいとして、履き違えたプライドは――、
プライドの高さが仇と成り、何れ自分がプライドという壁に押しつぶされてしまうことだろう。

無駄な気負いは捨てよう。
人生の今この時に置いていこう。
旅がうまい人は、身軽だという。
きっと人生も同じだ。
楽しむには身軽な方がいい。

プライドという壁を背負いながら引きつり笑いをすることもないんじゃないかなと、そう思うのです。

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世界滅亡は一瞬だけど……

今日も自作画像をアップします。
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都市の破壊は意図も簡単に行なえるのだろう。

多くの人間の負の力を吐き出せば、世界の滅亡もたいしたことでもないのかもしれない。



人間の負の感情は精神を蝕むこともある。
自己の中の卑屈な自分。
自己の中の弱々しい自分。

自己の中の自己は、たくさんの負の自分を否定する。

生きている意味も価値も無いよねと。
こんな人間は要らないよねと。
自分を見捨ててしまう。

人は孤独な生き物。
時として堪えられる範囲を超えた孤独が感情を襲うこともある。
そうかと思うと、人間同士の接触に疲れきってしまうこともある。


破壊は原子の力を用いれば簡単なこと。
自己の中なら見捨てればいいだけのこと。

でもね、破壊されたあと元に戻す作業は破壊されるまでの歴史の三倍は時間と労力を要する。
復元は不可能に近く、修復は並大抵の苦労ではないよね。

それでも、破壊して傷ついた自己が在るのなら、気がついた場所から僅かだとしても手を掛ければいい。

破壊は一瞬、修復は一生。
だとしても、なんだとしも、それなりに楽しめる。
だって、楽しむための修復だもの……。

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青い月に閉じ込めた思い


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久しぶりに自作画像をアップします。

※画像をクリックで拡大




私、青い月が好きなんですよね。
神秘的な青い月は、どういう訳か、深海をイメージさせてくれます。
深海も海も、そして青い月も大好きです。

この画像は、静かに流れる時を封印したような、そんな気持ちを込めて描きました。もしかしたら、ブタクサがそよそよと風になびくかもしれませんね。



まぁ、間違ってもそれは無いでしょう(笑)



この世は、イメージを吸収する時期に入ったようですよ。
イメージといえば想像力です。想像力とは、想像する力と書きます。ということは、やはり、なんとなくでは難しいということでしょう。だって、力ですもの。

心の栄養素の質は、想像力の鮮明度により決定します。
要は、どれだけ明確に想像できるのかという、そのポイントです。
想像力は右脳左脳などの利き脳ありますが、だとしても、訓練により実力を積んでいくものだと思いますよ。

これができるようになると、運気自体もアップしていけるのです。想像力は運気アップの材料になります。

また、自己の上昇にも関わります。

古くて必要の無いもの、今の自分を邪魔しているもの。そんな様々な事柄を浄化していける材料にもなります。

童心にかえり自分だけの国を想像して見るのも、時には悪くないものですよね。

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プロフィール

HN:
福島の母 占い軒龍卑(haruka)
年齢:
56
性別:
女性
誕生日:
1969/11/01
職業:
占い師&マクラメ工芸士(講師もします)
趣味:
占い・読書(ほぼ仕事の本)・ガーデニング・その他諸々
軒龍卑の近況:
福島県福島市笹谷在住
現在は福島市笹谷にある、店舗【卯羅那石(うらないし)】にて鑑定をしています。店舗では占いの他にマクラメアクセサリー(ワークショップもあり)・柔道整復師によるリラクゼーション・インド刺繍リボン(業者卸有り)・天然石(業者卸有り)・雑貨などを取り扱っています。

なにげ修行は一生だという考えの持ち主です。
形の無いたったひとつの本当へ意識と脳が融合した状態で辿りつくことを数ある修行の中でも最低のラインと考え実践しています。

それから近年の変化ですが、霊界との関係性に変化があり、有効な知識を蓄え血肉にするため日々鍛錬しています。

私生活では極力霊界の事情を持ち込まないように、仮に持ち込んだ場合は速やか且つ敏速に対応しています。

それから私はかなりの方向音痴です。
なので出張へ行くと数回に1度の割で逆方向へ移動することが…。
しかも霊視中にも方向音痴が炸裂するので、東西南北ではなく時計表示&前後左右で方角を説明します。

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