白月光
白月光

白月光

あなたは本当の自分で生きてますか?

はぁ~愚痴なのだ

ま、私の愚痴。

同業に対しての愚痴だ。

あそこの何々の占い師のブログ(或いはHPとか)がどうだったよ。なんて、言われると、つい見に行く私。(ただ単に野次馬根性丸出し)

で、速攻で嫌な気分。

ん(; ̄  ̄)……おまえ、気取るなよ…。

と、瞬間的に理解してしまう。仕事上、占い師は「頼れる人」、または、「スピリチュアルな世界と通ずる人」。そんな皆様の目を利用しすぎだあぁ。あ、けれどもさ、商売という本質を私が理解していないのかもしれないな。これでも、商売人(←親)の子供時代を送ってきたんだけどね。

いやらしい戦法。金金金……。ソフトな雰囲気に群がるソフトな会話。

うーーーん。

つか私には小っ恥ずかしくて、無理っ。体中がかゆくなってしまうわ。
まぁ、だとしてもいいのだ。分かる人には分かるだろうし。分からない人には分からない。

私は、私なんだし。
……どうでもいいや。そう、同業のやり方なんて。

ふぅっ、ちょっとはスッキリしたぞ。

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大丈夫はかわいくないのか?

「大丈夫だよ」

この言葉は、年齢がかさむほどに、「大丈夫」と、口にした人間がかわいくなく見えてしまう言葉のように思える。

強がっているわけじゃないのに、あ、かわいくない。そんなリアクションを引き出してしまうような言葉なんじゃないかと思うのだ。

仮に小学生や中学生の子供が、道端で蛙が両手両足を広げたようにして潰れて…いや、転んでいたとする。たまたま、そこを通りかかった自分が「大丈夫?」と、聞いたとする。

「……大丈夫です」

それを口にした人間にもよるが、大抵が、かわいくない。そう思われてしまうことだろう。

ま、道端に転んでいたのが、大人だとしても、ばあちゃんだとしても、そんな状況で大丈夫だと言われれば、同じようにかわいくはない。

ただ、意地っ張りなかわいくない。そんなイメージをもたれてしまう。

それが、職場で、日々顔を突き合わせている者同士だったらどうだろうか?
ましてや、大丈夫?なんて、声も掛ける必要も無いほどにテキパキと仕事をする。ああ、できる人ね。と、思われているなら良いが、案外、何かの拍子にかわいくない人間だと思われている瞬間があるかもしれないよね。

ま、何時でも、何処でも、頼りすぎもどうかとは思うけどさ…。それだとしても、「適度に」、或いは、「時として意味の成さない」、そんな何気ない状況で誰かに頼ることは生きていく術(すべ)でもあるのだと思うのだ。

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本当のことを見抜く筋肉

物事の中心とは、常に不動のもの。そして、良いとか、悪いとか、そういった判断は本当のことの「ある側面」を示している。故に、それらを思想や固定観念、或いは、思っていること(個人の考え)。といった、そんなジャンルに分けられるものなのだと思う。そういったジャンルは物事の中心を球体とした場合、球体に依存する無数に刺さった針なのではないだろうか。

本当のことというのは、誰かが素晴らしい思想を述べたとしても、何も変わらない。この世の人間が、その本当のことを誰一人として知らなくとも、本当のこととは唯一ひとつだけなのだ。

例えば、先日も記事としてあげたけれど、精神科医が何々という病名を患者に対し判断したとする。その判断は「正しい」のだ。だけれども、正しいというだけで、本当のことではない。
仮に、ウツになってしまった人間が家族に居たとする。で、自分がウツだったとする。病院へ行ってウツだと言われたのだからウツなのだ。
じゃぁ、自分以外の家族がウツを勉強した。熱心に取り組んだ。その末に、ウツと言う症状を理解した。

そこで、少し考えてみる。これらの全体を遠くから眺めてみたとする。
ウツという症状は、学んだ知識の中に該当している。だけれども、普段の生活はどうだろうか…。
症状というものから切り離して物事を考えてみる。
すると、どうだろう。行動や行為、或いは言動、そんなものの繰り返しというだけだよね。
それらの行動などが集結してウツと言われているだけだ。

じゃぁ、この行動を見ている家族の中に、こんなことを考えている者はいないだろうか。
ウツの家族に対し、「この、(ウツの家族以外の家族が、或いは、ウツになってしまった家族が)何々という行為が(ウツの家族に対し)悪循環を招いている原因ではないのか」と…。

私は、それが本当のことだと思うのだ。
そして、不動のことだと思えるのだ。

確かに、ウツという症状は、ウツになった本人の感情の捉え方の問題に起因している。それに、家族にもウツがいる場合も多い。ウツは、ウツになった人間の「ウツになった切欠がどんなものだったのかを理解できれば治っていく」と、言われている。
でもね、それって、死ぬまで分からないかもしれない。だからこそ、医者の提示するお薬が必要だ。
だとしても、今の連続で繋がっている、その本当のことが理解できれば、循環していくものだよ。当然、根源に対しアプローチしていくのだから、的を得ていれば改善もしていくはず。

ところで最近の私は、本当のこととは、なんなのか。そんなポイントで様々な物事を捉える機会が多くなっている。そういった観点で物事を捉えるというのは、筋肉と同じで、鍛えていくものじゃないのかなとも思うのだ。
やはり、精神を鍛えるという言葉があるように、心にも鍛えるべく筋肉が存在しているのだと、そう思うよ。

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心の中の幾万通りの顔

心の顔はいかようにも変化する。そして、幾万通りもの顔を持っていることだろう。
中には、生涯で、たった一度しか顔をださない自分もいるはずだ。

でさ、そのいかようにも変化する顔は、どれもが自分自身なのだろうか…。

医学の分野でこんなことを質問すれば多重人格とか何かしらの症状名をつけられてしまう気もする。ま、だからといって、多重人格の話をしたい訳じゃない。一般に。多くの。そういう広い意味での心の顔。そういう基準からお話をしたいだけ。

が、しかし……だとしても、どんな風だったとしても、人間は皆が皆、おかしいのだ。

なぜなら、正常な人間とは、どんな人間だろうか。ひとことで言うと何?!

精神科医が正常と認めた者は正常なのか。じゃぁ、精神科医が正常と認める基準は、今の世の中の「常識」が多くを占めてはいないだろうか。時代が違えば、正常と異常の判断が異なるということもあるはず。
今、この場で、正常だと判断したとする。じゃぁ、そのまま100年後に瞬間移動できたとするよね。それで、精神科医が異常です。と、判断をするかもしれない。
つまり、病名も症状名も人間がライン引きをして、ここからここまでは何々という病気です。それ未満は何々です。と、名称をつけているだけ。100年後に新たな症状名が見つかったとしたら、今のこの地点で分かっていないというだけで、実際は症状名があるということ。
で、話はまた戻るけど、人は皆、おかしいと思うんだよね。どこか壊れているのが人間だと思うのだ。完璧な細胞を持つ人間なんているのだろうか…。だって、もしも存在するとしたら「優勢遺伝子のみ」の人間が存在するといっているようなものだと思うのだ。ハッキリ言って、人間には正常なんて無いと思うんだ。ま、専門家が読んだら、その予想(妄想)は、全く論外です。とか、言われてしまいそうだけど、結構、これについては自信があるね。


さて、言い切ってしまったところで、次の話に進めていくよ。

冒頭で書いた、幾万通りもの顔。
この顔は、絵で描いたら、体がひとつで首から上に幾つもの顔があるような、そんなイメージかもしれない。
でもね、その奇妙な生き物は誰の体にも住みついていて、時々、顔がぐにゃぐにゃと変化していく。そう、優しいおばあさんが鬼みたいな顔になったり。そんな感じかな。

この幾万通りもの顔は、自分が自分の中に居なくなると増えるんだよ。
ま、自分と、幾万通りもの生き物がいる。そんなイメージ。
けれどもね、本当は数個しか顔なんて無いんだ。
肉体という名のポケットに出入りできる自分が居て、ほいで、その自分が何かの拍子に現実逃避をする。
すると、一気に顔の暴走が始まり、好き勝手に、思い思いの言葉や感情をぶつけてくる。
ぶつける先は肉体。運動神経だったり、感情の神経だったり、時には分泌物とか。ま、体の中なら何でも在り。
そんな感じで、暴走する顔たち。

で、自分は何処にいったのかって? うん。自分は顔たちの居る直ぐ傍で、顔たちの影に成り切って凍結している。そう、感情を停止するの。
それだとしても、人間は感情を止めることが出来ない。感じていない人でも、無意識という世界の中でしっかりと感じているし、案外、認識できないだけで実は感じています(←認知の問題ね)。なんてこともある。
その止まったままの自分の代わりに、顔たちはいっせいに暴れだす。

すると、自分は影になって固まっているから、聞こえないし、感じない。

それでもね、神経という伝達経路を伝って、感情の代わりに声を伝えてくる。と、同時に、何故か胸とか胃の辺りがもやもやする。

このもやもやは、自分自身に嘘をついたり、あるいは、逃げているのに逃げていないよ。と、自分を正当化してみたり、要は、自分を騙している、誤魔化している。そんな時の状態なんだよ。

こんな時の対処法。うーん。人にもよるから、コレだよ。とは、言えない。
だとしてもさ、自分が、自分と話し合う良い機会だということには違いないね。
たまには、そんな時間の過ごし方も素敵だと思うよ。

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けものの自分と人間の自分

けものの自分と人の自分。ふたつも、みっつも、寄せ集まり自分が居る。

どれが本当の自分なの…。

果たして本当の自分など何処に居るのだ。

けものは、本能の赴くままに我が身をひるがえし、無謀な要求を我が肉体に命じてくる。
そして、人の自分は、醜く傲慢な欲を持つけものを毛嫌い、心の闇という檻の中に仕舞い込む。
それでも、けものは欲望のピークになると、あっさりと檻を蹴散らし這い出てくるのだ。

なんのために?

ぼくは、人間である「ぼく」に、自問自答してみた。

本当は、その欲を叶えたいからに決まっている。

じゃぁ、どうして、ぼくはけものを檻に仕舞い込む必要がある…?

だって、みんなに嫌われるじゃん。

……嫌われる? 嫌われたら何か困るの?

そりゃぁ、困るよ。

どんな風に?

…………。

なにも答えが言えないんだね。それなのに、どうして、檻に入れるなんて言えるの? そんなのおかしいよ。

だって、本能を剥き出しにしたら、犯罪者になってしまうし、まともに生きて行けない。

だったら、どうなりたいから、檻に入れているの? まともって、なに。

まともは、まともだ。普通ってことだよ。

そう、まともってことは良い人になりたい訳じゃないんだね。まともってこと自体、当たらず触らず、適度な距離を保ち、腹の中が黒くても表面上が正しければ「まとも」なんだ。
ってことはさ、普通なんてのも、適当に言っている証拠だ。普通なんて基準は無いんだから。
だったら、きみは、ただ、目立たず生きていきたいって思っているということだよね。

……。

ほら、常に何に対しても適当で、しっかり考えてないから、やっていることと考えていることがバラバラでしょ。
結局、自分がどうしたいか分かっていない。

……。


けものは、闇に封印すればするほどに、這い出たときの反動が強烈だ。
だって、そっちがまんまの自分だから仕方が無い。

故に、そのまんまの自分を恐れる無かれ。
勇者の血が流れているけものをおそれる無かれ。

けものは、けものとして生きるからこそ輝くもの。
人間としての自分が、けものの自分と本気で向き合った末に、人間の知恵と精神により、けものを調教していくもの。

だとしても、けものはけもの成り。

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軍鶏(漫画)

「軍鶏」という「ACTIONCOMICS」から出版されている漫画がある。もともとは「イブニング」の連載だったらしいね。
その軍鶏という漫画は、映画にもなったのだ。映画には、魔裟斗(まさと)が出演しているらしい。私は、軍鶏の映画は見たことが無いのだけどね。

この軍鶏の漫画は格闘技系の漫画。

ほいで、ちょっといわくあり。

現在25巻まで出ているのだけど、20巻から出版社が異なり、しかも、中途半端なままで25巻までしか描かれていないのだ……。

そんな事情など、なにも知らずにだんなさんと購入して集めたのだけど、何処の古本屋に行っても、どうも19巻までしか無い。
で、仕方ないので、ネットで調べてみたら、何やら著作権を巡り訴訟問題になってしまったというのだ…。
ほいでもって、26巻以後の発売が未定………


( ;゚Д゚)え゛っ………まじで……。


すげぇ…がっかり(。. .。)しゅぅ~ん


きっと、軍鶏を楽しみに読んでいた人も、がっかりしたでしょ。
うん。私もがっかりしてさ。暫くはがっかりから抜けれなかったよ(まじめなお話)。
ほいでも、とりあえず25巻までは集めたけどさ。


キャンディキャンディがTVで見れないのも、いがらしゆみこと誰かが揉めたんだよね。
そういうのって、すごく悲しいよ。あ、ついでなんで、私はテリーが好きなのだ。どうしてテリーが責任を取って、他の女の人と一緒になるんだぁ~~。と、見てて、すっごく苦しい思いをした。テリーの意気地なしとか、本気で熱くなったな……。で、苦しすぎて酸欠になりそうだったし(笑)

なんていうかさ、こういう続きを見たいとか、再放送を見たい。そういう希望が無いかもしれない。って、分かった瞬間ってさ………

ソフトクリームを買って――、
ほいじゃ、いただきまーす(*´д`*)ア~ンッ

ンッ?(°° ))=3 ドンッ   ((; . . )ア゙ッ……ベチャッ

ビエェェ(´;□;`)ェエ工 (←私のソフトクリーム。と、言いたいのだけど言葉になっていない状態)

ってなくらい、私はかなしいね。


つかケンカなんかやめて、仲直りしようよ。私は、すっごく漫画が見たいだよ……。

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化け物育成に励む大人~踊れよ踊れ無様なはだか踊り

以前、とあるサイトで自由気ままにブログを書いていたことがあった。当然、プライベート。
そのサイトでは、みんなの掲示板のようなものが有り、意見の交換が行なえたりする。
その掲示板に「いじめ」についてのスレがたっていた。

なんとなく気になり覘いてみた。

スレ主は学生。書き込みをしているのは僅かな人数の学生と、多くの大人たち。
スレ主は、学校でいじめに合っていて悩んでいるという内容だった。

その中に、こんな書き込みが在った。

「いじめを受けているやつに原因がある。自分もいじめられていたので、良く分かる」

私は、その書き込みを見て唖然としてしまった。いじめられても分からないものなのか……と。書き込んだ人間は20代前半で男性だった。現在は社会人だという。ほいで、どんな風ないじめに合ったのかという詳細が書いてあったんだよ…。
所詮、掲示板なんてものは嘘も方便でまかり通るものだ。だとしても、この書き込んだ人間が嘘じゃなく事実をありのままに書いている。ということも考えられる訳だよね。
そう素直に取れいれて考えても、反省していく経路が違うぞと、私は感じたよ…。

だってさ、いじめられた子がどんなに最悪の性格だったとしても、いじめるという行為をしても良いわけが無い。つまり、もしも、この20代の男性の意見が正しいとしたら――、
「性格が悪いヤツをいじめるのは間違っていない」
と、主張しているのと同じだよね。ということは、筋の通らない意見だといえると思うんだよね。
それってば、学校側が「親の教育が悪いからいじめられるんじゃないですか」と、あほみたいなことを抜かしているのと一緒になってしまう。実際、そう言ってのけた小学校の校長を知っているけど…。速攻で、校長なんて辞めればと無表情で言ってしまったが……(ついでに、やる気が無いんですか、面倒なんですか、とも言ってやったよ。アレは最悪の人間というかカス以下だな。校長なんて資格は無い。お願いだから退職してくれ)。多くの学校は、論点を(低レベルで)摩り替えて逃げるのが得意だからね。

話は戻るけど、確かにさ、いじめを受けている人間に悪いところは在るのかも知れない。
でもね…。これが現在の小学校から高校までの人間は、そんなことでいじめなんかしない。
吊るし上げる人間の的が欲しいだけなんだよね。だから、自分以外なら、誰でもいいわけだ。そいつが死のうが泣こうが、気持ち悪いと嘲笑う。キモイという言葉、たったそれだけで終わらせてしまう。
いじめで子供を亡くすか、それに近い環境に携わった人間なら、今、私が書いている言葉の足りない説明を読みつつも、うんうんと、うなづくことだろう。

現代のいじめは、おまえが悪いからいじめられるんだよ。なんて、台詞は全く通用しない。ハッキリ言ってしまえば無縁のもの。根底が化け物化した児童や生徒を対象に考えなくてはいけないし、それらの物事が解決に向かい、いじめを受けた本人が落ち着きを取り戻してきたら、人間として改善していく方向を教えてあげるのは良いかも知れない。だとしてもだ、いじめと、改善の方向を教えてあげることは、全く関連していない。
じゃぁ、なぜ、改善の方向を教えるのか、となるけど…。それは、その子が生きていくための術(すべ)のひとつとして教えてあげるだけのこと。

それからさ、こうなってしまったのは子供がおかしいのではなく、多くの大人が歪んでいるから、そのシワ寄せが子供にきているんじゃないかなと思うんだよね。

よく大人が吐く台詞で「いじめられるより、いじめる側で居てくれた方がマシ」なんて言葉をきいてしまうことがある。それって、浅はかだと思うのだ。いじめる子はいじめられる子と同等の心の傷を抱えている。ただ、それらの傷が立場上、いじめる側か、いじめられる側か、というだけのことで根底は一緒なんだよね。

訳の分からない人間が親になる。それはそれで仕方の無いことだ。誰だって初めから親であるはずが無い。子供の年齢と共に親も成長していくものだと思うしさ。
けれどもね、どうしようもない、救いようの無い大人が親であった場合、子供は地獄だよね。従うしか無いもの。色んな意味で力が無いのだから仕方が無いよね。
それに、私は思うのだけど、そういう訳の分からない大人が親と成り、意味不明な状態で子供に教育をする。そうすると、子供は歪んでいく訳だよね。でもって、子供は、頭に膜が張ったようになり、「全体を見る能力」という極々単純なことが欠落していくんだ。これは、脳の機能不全だよ。
人間としての価値を無視して、ポンコツ同様に人格を破壊してしまう。実際、そういう人間が(身近に)数人居て、個人的に良く知っているけど、その親というか大人たちは、大抵が、地位も名誉も名声も揃っている人間。
そんな地位なんて要らないよね。もしも、家族のために仕事しているとしたら、そんな仕事は何の意味も価値も無い仕事だという意味にもなる。

親という仮面にあぐらをかき、理路整然と高みの見物をして、子供に恥をかかすなと怒鳴りつけるような親。そんな親、私なら要らないね。山に捨ててしまうわ。

ま、何だとしても、こういう化け物と言われる子供を育てる大人が徒党を組んでへらへらしているのが1番最悪なことだと思うのよ。化け物と言われた子供も被害者なんだ。かわいそうに…。
いつの世も、どうしようもないヤツはいるよね。それは、それでわかるけど、何だか虚しいや。

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人間の本心についてふと思ったこと

この世に凄い人は幾らでも居る。
お隣さんも、もしかしたら凄い人かもしれないし、自分よりも凄い人はたくさんいると思うのだ。

なんとなく、今日、気がついたこと。

例えば、医者がいたとする。しかも、その医者は、たくさんの患者が世界中から集まるような凄い人だったとする。
その医者は、家庭も円満で(それだけ凄いと、あんまり家に居る時間は少ないだろうけど)、子供も優秀で、医者として社会的にも認められている、そんな素晴らしい人間(医者)が居たとする。

で、仮に、その医者が何かの事情により、貧乏ついでに借金大魔王になってしまった。
奥さんは、お金のあるうちに慰謝料を貰い別れようと考えた。
医者の部下は、今までお世話になりました。と言ってお金の無い医者から去っていく。
当然、社会的な信用はがた落ちだ。

この状況ってさ、金が無くなったから起こったことではなく、それまでの人間関係がお金で保たれていただけで、もともとの状態が表面化しただけだとも言える。
そんなものなのか、とも思うが、悲しくも切なくもそんなものなのだ……。

人間の精神性とは、世のハリボテではまかない切れないものだと、何となく本日は感じました。

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プロフィール

HN:
福島の母 占い軒龍卑(haruka)
年齢:
56
性別:
女性
誕生日:
1969/11/01
職業:
占い師&マクラメ工芸士(講師もします)
趣味:
占い・読書(ほぼ仕事の本)・ガーデニング・その他諸々
軒龍卑の近況:
福島県福島市笹谷在住
現在は福島市笹谷にある、店舗【卯羅那石(うらないし)】にて鑑定をしています。店舗では占いの他にマクラメアクセサリー(ワークショップもあり)・柔道整復師によるリラクゼーション・インド刺繍リボン(業者卸有り)・天然石(業者卸有り)・雑貨などを取り扱っています。

なにげ修行は一生だという考えの持ち主です。
形の無いたったひとつの本当へ意識と脳が融合した状態で辿りつくことを数ある修行の中でも最低のラインと考え実践しています。

それから近年の変化ですが、霊界との関係性に変化があり、有効な知識を蓄え血肉にするため日々鍛錬しています。

私生活では極力霊界の事情を持ち込まないように、仮に持ち込んだ場合は速やか且つ敏速に対応しています。

それから私はかなりの方向音痴です。
なので出張へ行くと数回に1度の割で逆方向へ移動することが…。
しかも霊視中にも方向音痴が炸裂するので、東西南北ではなく時計表示&前後左右で方角を説明します。

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