白月光
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あなたは本当の自分で生きてますか?

節分だね~豆まきましたか(´ω`*)

今日は節分ですね。豆まきしました?

ここ数年というもの福島では「恵方巻き」を食すのが習慣化されてきたように思います。そうそう、恵方巻きは、もともと大阪の一部の地域から広まったらしいね。なんでも福を巻くという意味があるとか。うんうん。なるほどねぇ。

でさ、恵方巻きって、もぐもぐと言葉も無く食べるじゃないですか。途中、水分が無くて、喉が詰まり、苦しくなってしまうのは、私だけだろうか…。ほいでも、言葉も無く完食するけどさ。

ところで、節分に限らず、季節の変わり目には邪気が生じるんだそうで。
ああ、なんか分かる気がするわ。
そういや、昨夜は、おかしかったもん。

でね、邪気で思い出したのだけど、邪気を掃き清める道具のひとつにホウキがある。
ホウキは邪気を追い出す道具だというのは前々から知ってはいるけど、今時、掃除機が主流だからなかなかホウキを使う機会に恵まれないかもしれないね。

けれども、玄関なんかはホウキで掃き掃除するでしょ。

玄関が汚いと確かに邪気は確実に家を蝕んでいくよ。
なんというか、汚い玄関を放置するのは、シロアリを飼っているみたいなものだね。

そう、しかも、今書いていることは、霊的な意味。だから尚更、玄関のお掃除は大切。

ちなみに、部屋も一緒で、汚いのは邪気を呼び込むよ。


ま、何だとしてもさ、その季節々の行事は大切なものが多い。
ばかにできない行事は結構あるものだよ。
忙しくても、忙しいなりの行事への参加を心掛けるのは良いことだと思う。


さてさて、うちの鬼は出て行ってくれたのでしょうか。

まぁ、「おにばば」とまでは言われていない私なので、出て行く必要も無いですね(笑)
あ、ほいでもさ、「鬼」とは言われるけど、「ばば」が追加しない分、マシかな(……つか言われているじゃんか ORL )。

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【邪気についての過去記事】

歪み

邪気の予備知識

邪気と陽気の話

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意識変換の呪術

体に棲む獣は陰
体に潜む獣は気配を消す

だとしても我が獣は月が満ちれば丘に登る

雄々しい雄叫びは地鳴りとなり草木が共鳴する

我が獣は時を待つ
世の自然と共鳴する時を待つ

月が満ち
空気は心地よい振動をし
我が獣は武者震いを始める

熟した霊気は全ての自然と共鳴することだろう
熟した獣は骨の髄から雄々しい雄叫びをあげることだろう

共鳴は共鳴を呼び
やがて混沌とした霊気に変わる
山が震え
水が振るえ
月が震える

共鳴が生んだ混沌とした霊気は
雄々しい鷹へと授けられる
全てをあるがままに
全てを捨て
全てを混じらせなければ完成はしない


故に
獣は塵と成り
獣は鷹と成り

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時は満ち幕が啓いたようだね。
手始めに、占い師もどきが消える第一の儀式というところなのだろうか。

何れにしても、時は稼働した。

それらの出来事を
静かに見つめる無数の同類の瞳を肌に感じています。

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腹一杯に笑う

あはははは

そんな風に大声で
そんな風に体を揺らし
可笑し過ぎて涙を溜めながら

――笑う


笑うことは生きている証

笑うことは魂を刺激すること

笑うことは感情を呼び覚ます


今が辛くても
腹一杯に笑いたい

今がどうだとしても
腹一杯笑ってもいい


笑いとは 魂の開放なのだ

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「腹の底からホッとしたい」そんなあなたに贈る言葉

涙はどうして流れるのだろう。

体から滲み出る涙は、魂の声。

自分が悲しいときも嬉しい時も驚いた時も、涙は出る。

女の人はよく泣くからストレスが溜まりづらい。と、どこかで耳にしたことがある。私も例外ではなく、やはり何かの拍子に涙が流れる。別に感情が高ぶっていなくても、泣くことがあって、どうしてこのタイミングで涙が流れてくるの?と、自分でも、変なの。と、感じることもある。

私が日々感じている涙とは、魂からのメッセージではないのか。と、考えている。心のわだかまりや心の矛盾を自分が自分へ訴えている、また、伝える手段。なんとなく、涙の役割とはそんな気がする。

ところで、涙を流さない人も居たりする。こういうのって、単に泣き虫か泣き虫じゃないかということなのだと思うし、それまでの環境も関連していたりもすると思っている。
それだとしても、涙が出ないというのは人間らしくない。というイメージも多くの人間が持つ思いなのかもしれない。


さて、最近、よく感じることがあるのだけど、人は感情への刺激が無いと脳が麻痺してくるのじゃないか。と、思っているんだよ。よく、楽しいのか嬉しいのか悲しいのか、自分で自分の気持ちが分からない。そういう相談をされることがある。ま、そういう悩みを抱く人間が多いのかもしれないね。
でね、これって、例えば感動するような何か(映画とか、その他色々ね)を体験したとしても、そういう状態の時は感情が受け付けなくて、感じている通りに涙がでなかったりもする。つまり、悲しくもないのにボロボロと涙が零れてくるという意味だよ。だからといって、これでもか、これでもか、と、たくさんの涙を誘う状況を取り入れたところで同じ結果になってしまうはず。

この状況になるまでほって置かれた自分がかわいそうだ。

まずは、そうなる以前に適度に気分転換でストレスを発散できれば、何よりなんだろうけど…。人は機械じゃないから、一定量のストレスが溜まったから発散しましょう。とは、いくわけがない。大抵は、落ちてしまってから、ああ、やってしまった。という感じなんじゃないかな。

私は思うのだけど、そういった状況になったら、規則正しいまともな生活をするしかないと思うのね。けれども、そこまで落ちていないのなら、感じる自分を、感じている自分を、気づいてあげる作業が必要なんじゃないかと思うんだよ。

例えばさ、漫画なんかでもいいし、ドラマとかでもいいんだけど、
「こんなこと言っているけど、本当は、こうしたいんじゃないかな…」
なんて、感じる時が無い?! 

その場面を把握しつつも、もどかしくて、
「どうしてここで言わないの~」
とかさ。そういう感覚って誰しもがあると思うの。

でね、それを自分の心の中で展開していく。この、自分の中で展開していくことこそが、「感じている、感じた、そういう自分に気づいてあげる作業」になる。
自分の中でのドラマのような、或いは、解説者のような、または、評論家でもいい。そういう役割を自分の中に僅かな時間でもいいから持つようにする。
そうやって、地道なことを続けていくことで、何れ、自分の気持ちに深みが出てくる。というか、もともとの深みのある自分を把握できると言った方が正しいかな。

簡単に言ってしまえば、そういった作業の習慣化は、自己を客観視していくという意味にも通じていく。何か動揺するようなことが起こったとしても、案外冷静に取り組めたりもするし。また、冷静すぎた人は、感情の感覚が戻ってくるから人間味が増すよね。もともとの冷静さが自分の人間性を良い意味で成長させてくれると思うよ。

感じることは誰でもできる。ただ、こんな風に感じたという認識に欠けていたりする。
それだとしても、人間の体は感じるようにつくられているものだよ。

だからこそ、感じることを本来の状態に戻してあげること。

それは、魂にとって、とても嬉しいこと。そして、生命エネルギーの強化にもイコールになる。


自己を愛し、労わること。把握という、他愛も無いことで、できてしまったりする。


自分が感じたことを把握するということは、
自分が「今よりも少しだけ楽になる」ための自分へのプレゼントだよ。

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くそばば と くそじじ の お話

本当のことを知るというのは、脳にとっての何よりもの栄養ではないか。これは、ずっと以前から感じていたこと。
本当のこととは自分が気になったことなら、何でも良いのだと思う。

自分が感じる、或いは自分が考える、ある一定の答えがあったとする。けれども、それらは「自分の中での常識」だという場合がある。自分で出した答えをこの世の本当と比較したら全く異なるという結論が出てもおかしくはない。

例えば、哲学や思想、そういったものがあるでしょ。確かにこれらは的をついているし、全てではないのかもしれないが「正しい」ことを言っていたりする。
けれどもね、「正しい」ということと「本当のこと」は全く違う。

学生時代に感じた校則への反発感。そういう気持ちって少なからず誰もが感じるんじゃないかなと思うの。ま、校則に限らず、担任の人格へ様々な反感というのもありだろうけど。でさ、学生へ強制される校則。その校則に従い先生は指導する。この指導している状態は「正しい」と言える。校則に従っての行為だから、そうなるよね。
じゃぁ、それらの行為を世の本当と言えるのか、となると、そうは言えないこともあるでしょ。
世の本当とは、そんなような意味。だけども、人間とは、人権とは、となるとそれは哲学や思想というジャンルだったりするはず。哲学や思想とは「自分がこうだと思う頂点」を示していくような考えということでしょ。やっぱり、そういうのと本当のこととは違っているからね。


今日は、脳のお話に触れる機会があって、折角だから書き残しておこうと思い記事にしました。

脳はこの「世の中の本当のこと」を理解していないと「ある特定の脳エリアの機能不全」を引き起こすようです。この状態を心身症です。とは、言いません。この状態で生きている人間が、人口の大半を占めているはずです。
本当のことを知る努力というものを怠っていくと、老後、くそばばと、くそじじになります。つまりかわいくない年寄りという意味です。若くても、脳機能の不全は現れます。10代の人間にも存在している症状です。

だけれども、最近になって気がついたのですが、こういった脳の機能不全を持つ人間を凡人というのではないか。とも感じています。本当のことを理解できるのは、天才か、天才と並ぶまでの努力をした秀才です。ということは、大まかに、それらの残りは「凡人」なのだ。と、思います。だとしても、秀才とはもともとが凡人であると言える。

つまり努力次第(←本当のことを知るという意味での努力。及び、脳の機能不全の改善という意味)では、味のある老後を謳歌できるということ。


ま、老後の人生を謳歌したいのなら、精神の鍛錬ともいえる「この世の本当」を探し続けていくことですね。
そのうち機会があれば、そういった脳機能のお話や精神力についても書こうと思います。もしかしたら、精神の探求~Search for spirit の方に書くかもしれないですが、その時は、このブログ上で告知しておきます。

そして、脳とは自分が思うよりも賢い機能だということ。それだけを最後に書いておきます。



ほいで、脳の機能不全が原因で、くそばばにはなりたくないです、私。はい。

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ちょっとだけ感想だよ

なんだか今日はやけに腰が痛いよ。と思っていたら、雨が降ってきた。
そういや、ここんとこ雨なんて降ってないからね。ま、たまには雨もいいよ。

どういう訳か、小っちゃい頃は雨降りが嫌いだった。雨降りに外を歩くと濡れてしまうから、そのことがすごく嫌だったんだよ。

いつの頃からか、雨が降るときに勉強とか、何かに集中するようなことをやると調子がいいじゃんと思えるようになったの。きっと科学的な何かなんじゃないかな。と、何となく思う。
だからといって、雨降りがマイナスイオン…。とは、言わないけどさ。そんなんじゃなく、もっと別の何かがあるような気がするんだよね。

ところで、先日記事でupした齊藤孝の「スラムダンクな友情論」。この本を三分の二くらいまで読んだのだけど、色々と考えさせられるポイントがあった。友情については勿論だけど、それ以前にもっと他の部分を感じたんだよね。

例えば、齊藤孝は、自分の思想や哲学的なことを表現しているんじゃなく、この世の本当を見抜き伝えているの。
この「本当」を伝えるために、この人はどれだけ間違いや失敗、または挫折という屈辱を飲み込み、己の血肉にしてきたのだろう。

この本を読み進めて真っ先に感じたことが、こんな感じのことだったよ。

世の天才も、世の秀才も、努力をする。ただ、天才は本当のことを見抜く目がある。秀才とは天才ではないから、努力に努力を重ねて、その中で唯一本当を発掘する。唯一の本当を丁寧にひとつずつ磨き上げ集結させた努力の賜物。そして、努力の賜物に満足せずに、集結を点として捉え、更に線を引く努力をしている。まさに素晴らしいし、素敵だよね。私は、なんとなくこの筆者のファンになってしまった。腹の底が綺麗な人間が書く文章とは、読んでいて気持ちいいものだね。

そして、そういう全体を感じる読み方から、本の中心を感じる読み方に変えていったの。

それで思ったことは、愛にしても友情にしても、やっぱ、思ったまんまを出してはいけない(自分の言いたいことをそのまま表現しても、相手には伝わらない。相手に伝わるためには表現を変えなくてはいけない。ちなみに伝わるのと、伝えるのとでは意味が違う)よね。ということ。

それに、混じりの無い情熱が信頼を確かなものにしていく。どんなヤツだとしても、自分が仲良くしたいと思うなら信じる気持ち。その気持ちが大切だよね。と、そう思った。というか、再確認という感じだな。

ほいでさ、この筆者の言いたいことが、物凄く分かる気がする。スラムダンクの漫画が好きでよく見ていた私には尚更分かるよ。なんというか、今はまだ読み終わっていないから上手く言えないけど、読み終わって自分の中でまとまったらまた記事としてupしようかなと思う。

ただ、読み終わっていなくても言えること。それは、浅はかに文章(スラムダンクな友情論)を掬い取ってしまい、浅はかに漫画(スラムダンク)を読んでしまうと、「言わなくても通じる信頼」。これのみがクローズアップされてしまうよねと思う。言わなくても分かるという、それまでの過程を踏まないと形にならないものがあるからね。読書する人間のセンスや品格も大切だよ。ま、これを読解力とも言うかもね。けれども、私が、今、言いたいのはそれ以前のセンスと品なのだ。


いつかのコメントじゃないけど、知るべき時に偶然に見える必然は、不思議なくらいさり気なく私の前に現れたよ。今の私にはこの筆者の表現しようとしている何かが必要なんだろうね。
こういう縁を、いいや、チャンスを無駄にしないで、丁寧に人生を味わおうと思う。

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臭い……(´-ω-`)……

うちには「たま」という猫がいます。雄猫です。
ここ2日ほど女の子を捜しに遊び歩いて帰ってきませんでした。

で、本日、「ぶんにぁぁぁ」という雄叫びとともに帰ってきました。

が……

家の中に入るなり

く、臭い。

過去にも、帰るなり臭い時もあったのだけど。

今日は何の記念日なんよ、おまえ。と聞きたくなるくらい、くさい。
ほいで、記念日はドブ日よりなのか。おい、たま。


仕方ないから、新しい雑巾を出してきて拭いてあげたけど。
体毛は泥が乾いてカピカピ。
体中に草(福島では、ばか という草の実? 種? )を付け、そのカピカピの毛から異臭を放つ、たま。

baka.jpg
(←コレが ばか)




で、ケンカして噛まれた傷を私が拭いてしまったらしく、
842c0402.jpg「ぶんっにゃあ~」と、文句を垂れやがる。こんのっ(´・д・`)くさい猫のくせに。

ああ……。家中臭いわ。たまらない( ̄ω ̄||)
家中にエタノールを散布したいくらいだし。
(←ちなみに、おもしろくない時には必ずこんな表情をするんだよ)

決まってたまちゃんは、私の直ぐ傍で張り付いたように転がって寝ているのだ。
つか今夜は臭くて悪夢にうなされてしまうよ。
………換気しよっ。窓全開だな。


何をしたらこんな素晴らしいにおいになるんだよ。ねぇ、たま……。

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「100万回生きたねこ」を読んでみて

バカボンさんのコメントに、「100万回生きたねこ」の話が書いてあった。
私は読んだことがなくて、図書館で借りてこよう。そう思い、本日図書館で借りてきました。
この本は児童書で絵本なんです。知っている方も多いかもしれないですね。

何度も何度も生まれ変わり、100万人もの飼い主の愛の抱擁をすり抜け、ひょうひょうと生きてきた猫(雄猫)。猫は、死ぬことなんて、何とも思っていなかった。

けれども、しろねこ(雌猫)との出会いが、転生への終止符となった。愛の全てを捧げる相手(しろねこ)との出会いが猫の魂を満足させた。だから、2度と猫が生まれ変わることは無くなった。

という、そんな内容の本です。

私は、なんとなく飼い主に愛情を持てない、猫の感覚が掴めました。飼い主からすれば酷い話かもしれないですけど。
しろねこに出会うまでの猫は、生かされていたけど、生きちゃいなかったのかもしれない。魂が嬉しいと感じなかった。それは、しろねこと出会うためだったのか、若しくは、感じることを諦めていたからなのか、何れにしても本当のことは主人公の猫にしか分からない。


「そばに いても いいかい。」

そう、しろねこへ言った猫の言葉が男(雄)だな。と、感じました。その言葉には凝縮された100万個以上の想いがあるのかな。もしも、あったとしたら、その100万個の想いはひと塊の本当の愛なんだろうな。なんて、思いましたよ。


そんな風に言える男の人には強く惹かれますね。それに、腹の底からカッコイイと思う。
この猫が言った言葉は、確かに男の思いだわ。と、しみじみ感じました。また、しろねこのつれない態度があるからこそ、猫が言った言葉の重みを感じたし。
なんというか、猫は、しろねこに居て欲しいんですよね。

……う~ん。私、うまく言えていないかもですね…(苦笑)

それに、男って、女と違って、やっぱり強いですよ。その強さを自然に出させるのが女の真心なのかなと思う。まぁ、所詮、女は女だということだよ。うん。

ましてや、そう言われる女で在り続けたいものだな。
…ふと、素直な思いに駆られました。

この本から、素直な魂の光を見せてもらった気がします。
とても良い本でした。

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プロフィール

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福島の母 占い軒龍卑(haruka)
年齢:
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性別:
女性
誕生日:
1969/11/01
職業:
占い師&マクラメ工芸士(講師もします)
趣味:
占い・読書(ほぼ仕事の本)・ガーデニング・その他諸々
軒龍卑の近況:
福島県福島市笹谷在住
現在は福島市笹谷にある、店舗【卯羅那石(うらないし)】にて鑑定をしています。店舗では占いの他にマクラメアクセサリー(ワークショップもあり)・柔道整復師によるリラクゼーション・インド刺繍リボン(業者卸有り)・天然石(業者卸有り)・雑貨などを取り扱っています。

なにげ修行は一生だという考えの持ち主です。
形の無いたったひとつの本当へ意識と脳が融合した状態で辿りつくことを数ある修行の中でも最低のラインと考え実践しています。

それから近年の変化ですが、霊界との関係性に変化があり、有効な知識を蓄え血肉にするため日々鍛錬しています。

私生活では極力霊界の事情を持ち込まないように、仮に持ち込んだ場合は速やか且つ敏速に対応しています。

それから私はかなりの方向音痴です。
なので出張へ行くと数回に1度の割で逆方向へ移動することが…。
しかも霊視中にも方向音痴が炸裂するので、東西南北ではなく時計表示&前後左右で方角を説明します。

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