白月光
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白月光

あなたは本当の自分で生きてますか?

肉体の中の自然の摂理

悲しみも苦しみも嘆きも全てを感ずるのは、心。

何故、心は嗚咽するのか。
何故、心は歓喜するのか。

それは精神から一対となった心の枝だから。
それは精神という土壌から吸い上げて芽吹いた命だから。


精神とは心に在らず。
我が土壌成り。
精神とは心に在らず。
我自身成り。

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鏡よ鏡――。心の鏡は世界を変える

この地球は呼吸をし、人は其々の瞳から世界を捉える。
けれども人は鏡を通し全てを見ている。
生きている限り誰しもが持たされる、心の鏡――。
その鏡の中に映りこむ世界は自己のみの世界。

鏡を覗き込むと出来事の順番はどれも皆同じように映る。
けれどひとつとして同じ鏡は存在していない。

白雪姫を毒殺しようとした魔女は、鏡に聞いた。
「鏡よ鏡、世界で一番美しいのは誰――」

心の声は、感情別でカードになっている。
卑しさ、果ての無い欲、敵意、悪意、不信、etc……
そして、
信ずること、愛、慈愛、無心、無欲、調和、etc……

心の声により選ばれた感情のカードは(データーを)鏡にインプットされ、卑しさの精霊は卑しさを。愛の精霊は愛を。其々の答えを鏡に映してくれる。

人間関係でつまづく時、或いは自己の精神の成長で途惑う時、自分はどのカードでこの世を見ているのだろうか。卑しさのカードは鏡に映る恋人の卑しさを伝えてくれる。卑しさから誰かを捉えた場合、恋人へ悲しみと絶望感を抱く。そしてそれらは怒りへと変わり、果ては憎しみと恨みの思いを恋人に向けるだろう……。
だけれども、もしかしたら恋人は愛のカードを選び、自分を見ていてくれたのかもしれないのに……。


カードから聞こえた答えによって傷つき脅える自分が居たとしても、そこに本当の自分は生きていない。
本当の自分は鏡の目の前じゃなく、鏡が伝えた答えを生活音として捉える位置に居るもの。

人の精神とは、本当の自分とは、そこで生きているものだと、そう思う。

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私の周りでハッピーが続いているのだd(o゚ω゚o[Happy]

ここ最近――、まじで最悪の運気の私((((;_△_) アハッ
それだのに私の周りはハッピーが続いているのだ。
なぜか、どういう訳か、みんなしてラブラブになってしまう。
あ、お客さんもそういう人が急に増えたりしているよ。

まぁ、なんというか、長いこと波がありすぎた人達。そういう私の周りの人間が、幸せの島へ続々と進行中という感じだよ。

それに引き換え私は災難続き…。
もう暫く続くであろう災難を思うと、悲しすぎる つ´Д`)つハァッ
しかもさ、更に災難の度合いが激しくなるのかと思うと気が重いし(。・・。)(。. .。)ぅんうん


けどね、自分がどんな時だとしても大切な友達や自分との接点のある人間が幸せになっていくと言うのは、やっぱ嬉しいよ。それにさ、それまでに散々苦労してきた人間ばかりが(なぜかここ最近)幸せになっていく訳。それって、それまでの状況を知っているだけに素直に嬉しいね。そして、この場を使っていってしまうけれど、本当におめでとう!!!   

どうかこのブログを読んだ人にも幸せが訪れますようにと思う。
みんな其々いろんな悩みもあるし毎日の勢いに流され生きているけど、やっぱり、ささやかでも幸せになってもらえたらと本当に思っているよ。
どんな食事のメニューだとしても楽しく笑いながら時を過ごせたり、本当は喧嘩していたけどテレビを見てついふたりで笑ってしまって緊張が緩むとか、なんていうか、そういうささやかで他愛もないひと時の幸せが訪れる事を願います。
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いつもハルカのブログを読んでくれてありがとう。時々でも楽しみに見に来てくれてありがとう。
そして、私は知っています。私への感謝の気持ち、私の気持ちを理解してくれて慈愛の思い、そういう様々な気持ちが届いています。それは勿論、霊感で知ります。そして届いた思いへ、(霊感で)思いを必ず返しています。
本当に何よりもありがたく思っています。感謝もしています。だからこそこうして本当の気持ちを書き続けていくことができています。



感謝の念と感謝の思いを込め――、この記事から幸せが届きますように。


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種子の旅立ち~自己の再生


水魂は満ち足りて 我が殻から放出される
水魂は 水魂が安堵する場所に向かう
                          


とうの昔に時期が過ぎ 殻から出て行けた
だけれども 水魂はそれを知らなかった
ずっとここに居るのが当然だと考えていた

ある日 水魂は気が付いた
そこは自分の居場所じゃなくなっていたことを
そこに自分の居場所など無かったことを
やっと気がついた

水魂は そのことに気がつくと
安堵する場所へ思いを抱いたまま 旅に出た

初めて見る風景なのに
初めて辿る道なのに
それでも こわくなんかなかった

安堵する場所は とても大きく
安堵する場所は とても安らか
初めての道のりも風景も 安堵の場所へ向かうという安心感がある
だから 全てが 新鮮な空気を肺に吸い込んだように清々しく思えた
だから ちっともこわくなかった 
だから こわくないことが こわくもあった 

               

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水魂が湧き出る瞬間

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※ 画像をクリックで拡大


誤解は価値観の違いから発生する
価値観のズレは感じ思うことが既に異なっている
誤解のまま争いや競り合うことが始まってしまうと 混じり合う思いは離れていくもの

怒りは多くの巻き添えと殺りくを繰り返すこともある
激しく高ぶる感情は自己の中の正しい判断を狂わせる
だからこそ人間は学問に携わる
考える環境を維持することは 人間として生まれたが故の呪縛
それでも それは単に掟を守る術でしかない
だとしてもそれらを取り入れなければ 自分以外の誰かへ 矛盾した自己の怒りを発することになる

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この地球に息づき この地球で安堵し この地球で悲しみにおののく
それだとしてもこの世は広大で果てが無い……

強くあらなくてもいい
傷を隠すことも無い
涙を飲まなくてもいい
笑われてもいい
自己の全ては何者かにより分析されるけれど それでも それが 自分

ちっぽけでも
どうしようもなくても
役にたたないと思っても
ばかだなと思っても

それだとしても 生きていていいのだ
生きていてはいけない条件など無い

自分が自分でいてはいけない理由など存在しない
そのままでいい
生き辛くても そのままでいい
言いたいなら言わせておけばいい

誰かのためじゃなく 
せめて その誰かが笑うことでホッとする自分のために生きていけばいい

全ての大事を抱えず 大切なものだけを両手で温める
たくさんの大切は 本当に大切なものを大切にはできない
僅かな大切だけを選ぶことは 生きたままの極楽なのだと思う
例え周りが暗黒だとしても 僅かな大切がほのかに明かりを灯せば 心は安堵するもの



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題名の無い文章

人間はいつの世も自分の遺伝子に対し忠実に再現した作品。
長い年月を掛けて先祖達が育て上げた遺伝子の核は、とても野蛮で卑しかった。そして己の心理を脅かす対象を攻撃し消滅に等しい状態にし、征服欲を満たしてきた。

近代になりそういった行為は野蛮であり見下される対象になったけれど、本当は見せないようにしているだけなのではないのかと考える。それら全てが人間の遺伝子の核にしっかりと息づいている。
近代だからこそ学問。近代だからこそ科学。或いは知識。そういった見て取れる華やかな衣装を纏い核を心の闇に沈めていく。沈めていかなければ世の流れの中で浮き上がりすぎてしまい、孤立する。征服した上での孤立とは違い、昔でいう村八分は人間の精神において多大なる衝撃と傷を残す。この感覚は遺伝子の核となり核の一部として残されている。残された核の一部は恐怖心。この恐怖心の核は鼠算式に(恐怖心の)展開を繰り返し簡単に心を崩壊してしまうことを人間は強く理解をしているはず。
理解していたからこそ歴史上でも孤独に関連する虐待行為が刑罰としてまかり通ってきたのだろう。

何のために鼻につくというだけで争うのか、何のために自分以外の人間との差を意識するのか、何のために立ち位置を意識して確保する必要があるのだろうか――。
プライドが無くてはいけないという遺伝子を所持している人間が多すぎるのかもしれない。

この世が時として虚しく儚く感じることがあるけれど、それもこれも無意味な戦いに対してのみ、心の真ん中を通過していく冷たい突風を感じる。

遺伝子とはコンピューターと同等だと私は考える。ひとつの条件に対し常に同じサイクルで脳内のプログラムは稼動する。無意識のエリアから自覚できる意識へと感情はのぼり詰めるけれど、その自覚できる意識のひとつが価値観。価値観の違いは愛の重さの誤差を痛切に提示してくるもの。そしてこの価値観の違いから人間同士の醜く悲惨な争いを招く。つまり誤解から生じる争い。

誤解が生じた場合、どんなに心の声を言葉にしても届かない時というのもある。
真剣に考えて本気で行動した、それら全ての行為が裏目に出ると心の中心に諸刃の剣を差し込まれる。
心は悲鳴を上げるけれど、何のための悲鳴なのだろうと思う。何の為の涙なのだろうと…。
その悲しみと涙は何に向けて発せられているのか、そして発することを仮に伝わったとして何をしたいのか。
時々悲しみが泉のように溢れすぎて分からなくなることがある。

ある日さまざまな思いを伝えるには言葉であり表現方法だと知り、実行してきたけれど、時折押し寄せる音の無い波だけが心を通過していく。それは悲しみを増幅することもあれば同時に押し流してくれることもある。

まだまだ何も分かっていない自分がいるのだという現実を残し、波にさらわれた思いを眺めていることがある。

人は孤独だ。いつの世も孤独である。
この世に生まれ落ち、そして逝くときも独りなのだ。
だからこそ思いを交じり合わすことのできる対象が必要なのだと思う。
人であれ、動物であれ、場所であれ、大好きな趣味であれ、自分の思いがそれらと交じり合うことは生きていくためには、いいや、生き抜いていくためには無くてはならない精神の糧だと――、
そう思うよ。


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【Cocco 強く儚い者たち PV】

 

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霊現象が多発する原因のひとつとは何か

脳という存在は、私がこの仕事を初めて間もなく(仕事を続けていく上で)気になった肉体の一部。
そして、脳を知るために、脳に関連している様々な医学を自分なりに調べたり、或いはその道の人間に直接教えてもらったりと、辿ってきたの。
で、結局は巡り巡って脳そのものの学問に戻る。

脳は医学でまだまだ説明のつかない未知の学問。

どこかの学者が、或いは脳を研究していた誰かが、新たな脳医学の発見をしたとしてもそれは点と線が繋がらない大抵が点の発表。たまに点と線が繋がったとしても、その点と線をひとつの点と考えた場合、全体像のどこに位置するのかということが不明になってしまっている。

昨夜、もともとのお客さんが聞きたいことがあるのだと電話をくれた。占いをしたいわけではなく、単に問い合わせ。その時に話の流れで思考回路の話がでた。霊現象が多発していたとしても思考回路の強制が不運を救うという結論をその人へ話したのだけど、やはり、霊現象があるから不運な運命を歩く人間は少なくはない。それでも、そういった不運を肉体上で固定し不運の発想をベースにしているのは脳内の思考なのだ。
だからといって、思考回路の強制をしたところで霊現象が減少するわけではない。霊現象の根源が何かによって除霊するのか、或いはヒーリングなのか、またはその他の呪術が必要なのか、というだけの話。
それは霊能者がやったとしても(というよりも、霊能者じゃないと無理な時があるし)、自分でできることとはやはり思考回路の強制である。

感覚で生きている人間は霊の影響を受けやすくなる。
理由を事細かく説明するには長くなってしまうから今回は省くけれど、簡単に言えば、

感覚で生きている=霊界に存在している
理屈で生きている=人間界に存在している

と、なる。簡単に言えば、様々な方程式を使いひとつの答えをだす。この考えが人間界に存在している人間の思考だということ。
つまり日々思考回路を鍛錬するには物事を様々な角度から考える事を怠らないように続けていく。それ自体が面倒ではあるけれど思考回路の強制となる。
ちなみに一方方向の単調な思考には魔が棲みやすく危険だとも言える。


では、今日はここまで。
また時間があれば脳に関わるお話を書いていきますね。


※ 強制を矯正としていない理由↓↓
現状の思考がベースで、現状の思考を無理矢理押さえつけて新たな思考を取り入れていく、という意味のもとに書いたので強制と書いています。
このポイントを教えてくれたMちゃんに感謝なのだ~  チュッ  * ^)(。・ω・。) ポッ

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ブログパーツ

方言のブログパーツを追加しました。
大阪弁に変換できるようです。
変換ボタンを押すと
ブログ記事(だけじゃなかった…プロフも、“子供”→“ボウズ”になっているよw)が方言になります。

ちょっと怪しい関西弁のような気もしますが(笑

ま、暇つぶしをしたい方はどうぞお試しあれ。

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プロフィール

HN:
福島の母 占い軒龍卑(haruka)
年齢:
56
性別:
女性
誕生日:
1969/11/01
職業:
占い師&マクラメ工芸士(講師もします)
趣味:
占い・読書(ほぼ仕事の本)・ガーデニング・その他諸々
軒龍卑の近況:
福島県福島市笹谷在住
現在は福島市笹谷にある、店舗【卯羅那石(うらないし)】にて鑑定をしています。店舗では占いの他にマクラメアクセサリー(ワークショップもあり)・柔道整復師によるリラクゼーション・インド刺繍リボン(業者卸有り)・天然石(業者卸有り)・雑貨などを取り扱っています。

なにげ修行は一生だという考えの持ち主です。
形の無いたったひとつの本当へ意識と脳が融合した状態で辿りつくことを数ある修行の中でも最低のラインと考え実践しています。

それから近年の変化ですが、霊界との関係性に変化があり、有効な知識を蓄え血肉にするため日々鍛錬しています。

私生活では極力霊界の事情を持ち込まないように、仮に持ち込んだ場合は速やか且つ敏速に対応しています。

それから私はかなりの方向音痴です。
なので出張へ行くと数回に1度の割で逆方向へ移動することが…。
しかも霊視中にも方向音痴が炸裂するので、東西南北ではなく時計表示&前後左右で方角を説明します。

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