白月光
白月光

白月光

あなたは本当の自分で生きてますか?

王である私

***********************************
 

人はひとつの世界である

その世界に蠢く者どもは

彼らを治める王である「私」に抗う
 

***********************************

これは、グンナル・エーケレフの言葉です。


書き続けているノートがあるのですが、先日、過去に書いたことを復習していたんですよ。
そして、とある部分で、過去に理解したことの起点がずれているのに気が付き、関連書籍を開いて疑問点を調べてみたんです。

で、たまたま開いた本に今の言葉が書かれていました。

この言葉は一瞬で納得してしまうほどの説得力があり、また、私はその部分がとても好きで自分なりに解説してみたりしていました。


つまり、この言葉は何が言いたいのかというと…

私の中に存在している複数の自分たちが居る。

でも、その自分たちは各々が好きなことを言い、好き勝手な行動を取ろうとする。

更にいうのであれば
それらの自分たちはまるで蠢く虫のようにそれぞれの欲が強くエゴイストでもある。


だとしても

この体も

この心も

自分という私が支配している。


なのに
自分たちは私という王に逆らうのだ。


ということなのかもしれないと私は思っているのだけど

でもね、グンナル・エーケレフがいった言葉へ

少しだけ補足するとしたら…

支配しきれないのは
自分自身の精神力という筋力が衰えているからであって

もう少し筋力を地味につけていくことで
統括していくことは、決して不可能ではないのだ、
と――。

そんな風に思っています。


たまに、心理や精神の本を読んでいると
人が考える限界の領域を感じることがあって。

要は、

これは、こうである。

そんな断言された物言いが、そういった類の本に書かれていたりすると
なんとなく未来の発展に対し心細い気持ちになったりもします。

この世には、

人知れず心を傷め精神を食いつぶされてしまった人。

或いは
食いつぶされている途中過程の人。

そういう人たちがいくらでもいる。

だからこそ

日本は他国を見習い
学問としての精神(学)や心理(学)のレベルを(関連者たちは)上げるべきなんじゃないのかなと思っています。が、

そういった実現は、お国柄を考えると途方も無く難しいのでしょうね。

拍手[4回]

遠い土地からのメッセージ

この世の海は無限の命を吸い込み、無限の命を吐き出す。

無限の命を宿し続けてきた魂たちは
新たな命の中で姿を変え生き抜いていく。

複雑に張り巡らされた大自然の掟は
海という、死と生の運命の車輪を回し続け
この地球とともに生きてきた。

天は

太陽という光を与え

嵐という猛りを与え

そして

生かされ

生き抜いてきたのが海だったりする。


先日から
とある人物の気配がありました。

自分自身を浄化するために
地元から遠く離れた土地で
去年の暮れから今現在まで瞑想という空間にいるようです。

指導者らしき人間もいて、学んでいるようです。

だけれども

その瞑想の会は

本人の中で、失敗という言語が浮かび上がってきているようです。


確かに、失敗でしょう。

なぜなら、その人物が人としての心を浄化したところで何も変わらないのですから。

そして
やらなくてはいけないことは

他にあるのです。


結局、この世に蔓延る

多くの浄化とは

人間の自分。
それをきれいにしていくことしかできないのです。


言い換えれば
それが頂点となり極めていくだけの技術が限界だろうと思っています。


なぜ、こんなことを書いたのかというと
その人物から時折送られてきているメッセージ。
そのメッセージを受け取り、また、絶望に近い言霊が聴こえました。

だから

ここに書くことで

きっと

見るだろうと予測し

書き残しておこうと思いました。


まずは

超越的な力を吸引することではなく
人として当たり前のことをこなしていくことが先決なんじゃないのかと思います。

拍手[8回]

人の器

言い訳。

その顛末は嘘でしかない。

そういうつもりも、こういうつもりもなく。
事柄の全体を捉えた時に嘘となる。


世の中には、魂が黒く生まれたからこそ白へ近づく努力をする者もいる。
また、黒いままこの世の終わりを受け入れる者もいる。

そして、白く生まれ白であり続けるがための努力を怠らない者もいる。
また、白で生まれたのにも関わらず、黒と成り果てる者もいる。

更にいうのであれば

悪と生まれ善の努力をする者。
善と生まれ悪と成り果てる者。

こんな風な魂の捉え方や考え方も在る。


黒い魂が白くなるための努力。

それは並大抵のものではない。

そう思うのが、この世の常なのだと思う。


しかし、それは違うと思う。


黒と白、悪、善。何だったとしてもそれらは、生まれ持っての魂の器というもの。

だから
黒だけ。白だけなど、特定の単体は存在していないし。

ましてや
その人の中で、たまたま目立つものが

黒だったり

白だったり

善だったり

としているだけのこと。


目だっていない部分を磨き続けることは
自分を変えるという意味があり。

白を磨き続け、更なる白を開拓していくことを
地道な努力というのではないのかなと思う。

結局、器という起点に対し

人生の色を決めるのは今の繰り返しでしかなく。

どういう器の人間にも
平等に苦悩は分け与えられているもの。

仮に、あの人は苦労知らず。という人もいるかもしれないが
それは、日々の誰かに対する行ないや言動。或いは、誰も見ていない時の自分自身の生き方など。
そういった、僅かな部分の違いが運命を振り分けているだけのこと。
つまり、楽に見える裏には、積み重ねという努力の賜物が存在しているというだけのこと。


また

たとえ、とても大きな器を持って生まれてきたとしても

精神の筋力を養わなければ、自分の腕で器を使うこともできないもの。

そういうものが器だと思っています。

拍手[6回]

予測をたてる精神状態

先日、お正月の楽しい最中に、ちょっとばかりの小競り合いがあった。

詳しい話は飛ばして、いきなりテーマへ話を繋げてしまいますが…


結果からいくと
私と、ある人が小競り合いとなりました。

原因は

その、ある人は
×と○という単体で存在している、考えなくてはいけないことがありました。

しかし、◎という行動を取りました。

つまり…
× プラス ○ イコール ◎
という式がその人の中では出来上がったから◎という行動に及んだのです。が…

私は

× プラス ○ プラス ? イコール ◎

という「?が」入らない限り、◎になることは在り得ない。そう思い、その人に、どうして◎をしたのかを尋ねました。当然、?が何で在るのかを知るためです。

その途端、小競り合いが勃発。

どうしてかというと
結末からいくと、こういうことです。

まず、その人は◎という行動を聞かれたことで、悪い意味で◎をしたんでしょ。と、私が思っているから自分に聴いた。そうでなければ◎の行動の理由など聴くはずがない。と…。

でもね、私もいいましたよ。

いいや。なんの予測もしていない。行動した理由が本気で分からないから聴いたのだと。


同じ言葉を5回以上、お互い言いましたかね…。


そして

相手が何かの瞬間に聴いてきました。


分からないから聴いたっていうことは大まかな予測が無かったらできない(聴かない)でしょ。と。


その瞬間、全てを理解しましたよ。また、自分の感覚が人と違っているということを思い出しました。

だから言ったんです。
いいや、全く何も予測などしていない。それができなければ(占いの)仕事なんかできない。しかも、こういう時に感情など微塵も存在していないと。

その後、暫しの間、その人は無言でした。当然ですよね。


確かに、予測をした場合は誰もが当たり前のように在る程度の(こうだろうなという)目安はたてるのかもしれない。

でも、仕事柄、感情ではなく思考だけを働かせなくてはいけない時が余りにも多く。

だから私にしたら当たり前のことだとしても、(仕事は別として、プライベートの場合は)相手からしたら追い込まれているように取れる場合も在る。


まあ、今のところそれが自分で悪いことだとは思えないので変えるつもりはないですが、今度からは表現方法を気をつけなくちゃと思いました。

人の感覚を時々物忘れのごとく忘却してしまうのが霊感です。が、

こういった些細な会話にも影響しているということを改めて目の当たりにすると、ほんと本気で凹みますね…。
でも、凹んだのは瞬間で。あとは不足を補うための目標へ直ぐに切り変わったので、今は大丈夫です。

拍手[5回]

人間性という容量

年明けにある人から相談を受けた。

その人の話を聴くと表面上や言葉上では
まあ、世の中そんなものだよねという反応が大多数になるだろうという内容だった。

簡単な内容だけど
自分と仲良しのAは、「○に行こう」と誘っておいて、○に到着する以前に「本当は△に行きたかったんだよね」という頭脳派の人間なのだけど。本人からしたら、嵌められた。という意味に取れてしまう。

つまり、例えるなら…


なんだ、そんなことで。


というような話しですよね。


でもね

やはり、そこはどうしても霊感が作動するポイントとでもいうべきなのか。
日々の生活の中で、霊感を出していなくても分かってしまう出来事というのが恐ろしく多かったりする。

話を巻き戻すと、本人はAに嵌められたというよりは、Aがただ単に頭が良かっただけ。

だから、頭脳派だということをいきなりいわなかったとしても、言葉を換えて伝えればアドバイスにもなるだろうし、問題の解決以前に理解してしまえば事は収まるもの。

だけれども、その節々に付属した感情を読んでしまうのが、霊感。

結局、Aが取った行動とは、心と思考が噛んでないという事実が原動力になっていた(要は、心のない行動は、こういった場合、出来事の全体ではなく、A側だけから考えれば結果的には“嵌めたことに”なる。ちなみに、Aが自分自身の愚かさに気が付き、本気で変えようと思えば心と思考が噛む可能性はあります)。

その見えない何かを本人は無意識に感じ取り、言葉にできない得体の知れないものを「起きた出来事」として話してくれた。そして、見えない何かに打ちのめされ傷ついてしまったのだ(Aの感覚は、本人には無い感覚。だからこそ傷ついた。つまり、自分と違う生き物だということを理解していなかった)。

傷ついているだろうから、尚更、言ってあげた。

人には、それぞれの容量が在るのだと。

でもその容量は上とか下とかじゃなくて、地球にたくさんの国が在るように、精神世界がキミとAとでは異なっているのだと。

Aは、その行為が自分では最高点のものだと信じているだろうし、自分の頭脳に自信も持っている。

けれども、自分とAが入れ換わるとして、自分なら心と思考が繋がっているよね?!
ただ、その時に悪意なのか善意なのかは別として。それでも繋がっているはずだと。

そう本人にいったの。


要は、それ以上、その世界から出れない人もいるんだということを伝えたのです。

たとえ、どんなにその世界で努力したとしても、人には自分の生きている世界というのがあって、
その世界から抜け出れたように思える瞬間があったとしても、精神の生まれた世界からは脱出することは不可能。

ありえるとしたら

その生まれた国の中で、権力や地位や名誉を得て、富を築いていくというだけのこと。
また、精神力をその国の基盤の中で築くことも可能です。基盤は換わることはないけど、基盤に付随する良質の部品は努力により稼動します。
(精神世界の国というのは、生まれた時点で定まる“魂の位置の”ことです)

そんな話を年明け早々にしました。

まあ、相談してきたのは二十歳にも満たない人ですけどね。ちゃんと理解してくれました。

人それぞれの世界。その世界との貿易が人間関係という頭の回転(表面)であり、貿易を維持していく秘訣は、心という温度在る軸なのだと思います。

拍手[4回]

ブログに来てくれた人へ年賀状です



新年、あけましておめでとうございます!!





ウェブ年賀状はコチラ


今年も、心の中に在る気持ちを温度ごと書き続けていきます。

年暮れに拍手機能をつけたことで、どういう記事に興味を持ってくれるのか。
そういうことが分かりやすくなっているように思えます。

また、コメントを書くまででもない記事へは、拍手で気持ちを伝えてもらっているようにも感じています。


ブログという存在が、見えない心と心を繋いでくれている。
そんな感謝の思いから新年をスタートさせていくつもりです。

どうぞ今年もよろしくお願いします

拍手[5回]

竹取りへ行ってきました


091230_1329~01.jpg
今日は福島市の矢細工というところまで行ってきました

何しにいったのかというと
竹を貰いに行ったのです。

とはいっても…091230_1336~01.jpg

自宅に居るか居ないかわからない同級生を訪ねていったのです。
たまたま、外の窓拭きをしていた、同級生。


どうしたの―の質問に

竹をもらいにきたよ――と、私。

その答えに、ニヤニヤと顔をゆがめ意味あり気に笑い

「裏の山に在るから。…セルフねえ」と。

ありがとう~と言いつつ、だんなさんと裏山へ。

091230_1346~01.jpg

……裏山には竹がいっぱいあった。

きっと、きっと、子供の頃は秘密基地とか作って遊んだはずだよね。うんうん。

などと勝手な想像をしながら、目的の竹をゲット。

ほいじゃ、帰るねえ091230_1339~01.jpgと、同級生にお礼を言い、帰ってきました。



そういやね。同級生の自宅に向かう途中に、だんなさんの昔の職場の社長とバッタリ会ったのです。

社長曰く、今さっき、臼でもちをついたんだそうで。
(私は見てなかったのですが、台車で臼を引いていたそうです)

だから餅を持っていけと言われ、ありがたく頂戴してきましたよ。伸餅。

091230_1338~01.jpg
ところで、竹を何に使うのかというと

小さな小さな門松を作るんです。


まだ、できていないですけどね…。




明日で今年も終わりです。

ほんと、善い新年を迎えたいですよね。

拍手[2回]

まねきねこだっくの替え唄―感謝の気持ち

今年の感謝の気持ちを唄にしました

あと僅かで今年も終わりを迎えます。
どうぞ善き新年をお迎えください


3曲目が替え唄です
携帯は、3曲目から開始されます

ポチッ

拍手[2回]

占い軒龍卑のBlog




CM(コメント)のパスワードについて

パスワードを
あらかじめ入れた状態で投稿しておく事で

コメントを送信完了後でも
パスワードを入れれば
編集ができるシステムになっています。

またパスワードが無くても投稿はできます。

気軽にコメントお願いしまーす(^_^)/

プロフィール

HN:
福島の母 占い軒龍卑(haruka)
年齢:
56
性別:
女性
誕生日:
1969/11/01
職業:
占い師&マクラメ工芸士(講師もします)
趣味:
占い・読書(ほぼ仕事の本)・ガーデニング・その他諸々
軒龍卑の近況:
福島県福島市笹谷在住
現在は福島市笹谷にある、店舗【卯羅那石(うらないし)】にて鑑定をしています。店舗では占いの他にマクラメアクセサリー(ワークショップもあり)・柔道整復師によるリラクゼーション・インド刺繍リボン(業者卸有り)・天然石(業者卸有り)・雑貨などを取り扱っています。

なにげ修行は一生だという考えの持ち主です。
形の無いたったひとつの本当へ意識と脳が融合した状態で辿りつくことを数ある修行の中でも最低のラインと考え実践しています。

それから近年の変化ですが、霊界との関係性に変化があり、有効な知識を蓄え血肉にするため日々鍛錬しています。

私生活では極力霊界の事情を持ち込まないように、仮に持ち込んだ場合は速やか且つ敏速に対応しています。

それから私はかなりの方向音痴です。
なので出張へ行くと数回に1度の割で逆方向へ移動することが…。
しかも霊視中にも方向音痴が炸裂するので、東西南北ではなく時計表示&前後左右で方角を説明します。

記事一覧

軒龍卑より

占い軒龍卑の最新情報




ハルカのぼやき






you tube

Healing Graphic arts

by: 軒龍卑













最新TB

ブログ内の記事検索



kaiseki‐test

アクセス解析

リンク集

リンク希望の方はURLを明記して、メールフォームからどうぞ。(リンクフリーではありません)

((([\/]  軒龍卑にメールをする

(1)印の部分は必須です。未記入だとメールが私宛に届きません。(2)記号や( )、特殊文字等を入れると文字化けしてしまうので、ご注意を。

最新CM

コメントを残していきなさい(笑)って冗談です。気軽にどうぞ。



[04/18 うに]
[11/15 うに]
[12/26 うに]
[10/19 うに]
[02/01 うに]
[01/24 うに]
[11/10 うに]
[09/27 アイカネ]



※当たり前のことですが、悪戯を目的とした書き込みや荒し行為は禁止です。