白月光
白月光

白月光

あなたは本当の自分で生きてますか?

青は進め



赤は止まれ。

青は進め。


何処に進むというのだろう……


進んで良いというだけで
この先の安全を保障しているわけじゃない。

ただ

ただ

前に進むこと。


それは

本当に望んでいることなのだろうか。


……答えなんて分からない。


でもね

惹かれる気持ちに素直になるのも

たまには

好いよねと、そう思う。

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新たなる旅立ち

同じ場所

同じ思い

そんな思いだけに留まることができない。


一度に何処かへ旅立つしかなくて
それは、まるで鳥のように一気に羽ばたくもので…

少しずつとか

そういうのがなくて…。



だから

何かしら思いが残っているのなら

2度と戻らぬ場所になるかも知れぬ――、
その何処かで、

不満足なりの満足という
不完全の完全体を受け入れ
満足するのも大切だったりする。

そうしたら

きっと

綺麗に飛んでいける

そんな気がするんです。

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愛という誓い

人の心は変わるもの。

永遠なんて無くて、変わるもの。


けどね
変わらない誓いというのが在ったりする。


そんな風に誰かを愛し続けることができたら…


そんな風に誰かに愛され続けることができたなら……。


そういう人で在り続けたいよねと思うよ。


どうせ人に生まれてきたのだし
そんな風に人を愛したまま
この世の幕を閉じたい。

誰かを愛し
愛するからこそ何かを求め

そして

傷つけてしまったりもする。

誰かを傷をつけるということは
自分もそれ以上に本当は傷ついている。
そんな時に相手を庇ってばかりいると
いつ頼ったり甘えたりすればいいのか分からなくなる。

でもね
思うのだけど

頼ればいいし

甘えればいい。

だって
傷ついた心は
愛を求めた相手でしか癒せなくて。
だから意地とか善い人になったりしないで
素直になってみたらいい。

なんでもないフリは
嘘をついているわけで。

それは善いことじゃないし

余計に傷を深めるし

そんなままごとはやめて

素直になったらいい。


自分なりの言葉とか。
自分なりの本気とか。
そういう、今というこの瞬間の愛の温度を伝えるには、この時でしかないわけで。
後になったら温度も鮮度も変わってしまうよね。

今じゃなきゃいけない時って、あるよ。


永遠なんてないけど
変わらぬ誓いはある。

時を超え

時空を超え

前世から今世に渡ってきた、そんなちゃちなものじゃなく。

今の愛を大事にして欲しいと思うんです。


たとえば結果とか
そんな人の力でどうすることもできないような、
そんなことはどうでもよくて。

今しか伝わらないこと
今だから言えること。

そう、相手がどう思うとかそういうのじゃない、
自分がそうしたいからという、純粋な欲によって行動することって…
時としてとても大切だったりすると思います。


まあ、でも…
素直と無謀は違いますけど。

ちなみに、女性は幾つになってもかわいく。
男性は幾つになっても男らしく。
そういう基盤があった上で成り立っている話しのつもりで書いてます。

なので

無謀な行動を取らないことを祈ります……。

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持続ではなくて一瞬々の連打で形成されたもの

川に流されるように、生きる。

その言葉は奴隷のようにも聴こえるし
何処か儚くも感じる。

けれど

なんとなく思うのは
川の流れがこの世で生きていくことだとしたら、
石のように固い信念を持ち。
流されながらではなく、
流れるように生きていけばいいと。

そして

この世のルールという、その中で、

好きなように丸くなればいいと。



奴隷としてじゃなくて

檻の中に居るんじゃなくて

人はもともと自由なわけで。


それを

この世が在るからと、

駄目なことを第一の理由にしてしまったら
何もできないよと思う。


川なら川の中で生きればいい。

川の中じゃ幸せになれないんじゃなくて、
川の中でだって幸せは在る。


幸せはくるものじゃなくて
感じるものでしょ。

また

最悪の状況下でも
目の前に在るちっぽけに見える本当の幸せを
見つけることのできる「心の目」がある、はず。

だから

幸せってなるもんじゃなくて
感じるものなんだと思う。

幸せに見える状況が
幸せなんじゃないと思うの。

幸せと感じるものが
本当の幸せなんじゃないのかな。

なんていうのかな……

心で感じようとしなかったら
見逃してしまうような。

そんな感じなんだと思うのね。


まあ、だとしても、幸せだと何処で感じるのかにもよるし。
人それぞれですよね。

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雲を少しだけ描けるようになりました



秋というか…

もう冬になってしまいますね。

秋晴れがどこか肌寒いと感じるのは
東北だからなのでしょうね。


話しは飛びますが
地平線の見える北海道の秋は、きっと雄大なんだろうと思うのです。

きっと

自分が更に小さく見えてしまうだろうと予測が付きます。


北海道……
小さい頃(特に小学校ですね)はとても行きたいと強く願った土地でした。

社会で習ったことが幼かった私の心に火をつけたのだと。うん。

牧場とか

地平線とか

隣の家まで遠い場所があったりするとか

それは、まるで童話を作るごとく頭の中だけで妄想の世界を繰り広げていましたね。

そりゃぁ、とても楽しい妄想でしたよ。はい。


しかし

大人になって
そりゃ完璧な妄想だよと知りましたが……。

というか

北海道は、未だに行ったことの無い土地なんですよね。

まあ、縁があれば行けると思います。
もしも、行けたなら、妄想と現実の違いをこの目で見てみたいな……

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眩しい人



人生、やってみないと分からないことばかり。


人は何かの葛藤を超えて

輝いていく生き物なのだと思います。

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冷静な人という名のフェイク

羅刹という殺人鬼は誰もが心の中に住まわせている。

ただ、人によって

完璧に表面化することもあれば

一生、顔を出さないことも在る。


そういう

人という生き物を考えた時に
とてもおそろしい生物だと思ったりもする。


だけれども

だから何だというのだろう。


人が人に対し激しい感情を募らせ
それを相手に対しぶちまけたのなら

誰だって

心の中心が熱い。

その熱さが脳を麻痺させ無様になっていたとしても
その熱さが脳を沈め冷静になっていたとしても

どちらだとしても

魂の温度は確実に上がっている、はず。


生きているのだから
熱い時もある。

でもね
不思議に思うのだけど

なぜ多くの人は
熱くなる人を笑うのだろう。

いつも冷静な人を褒め称えるのだろう。

多くの人は
冷静な、という意味を履き違えているように感じている。

なぜなら

心の温度そのものが
たいした幅がなく。

ましてや
たいした濃度も密度も無く。

そして
ただ、殆ど感じていないだけの人を

冷静

そう呼んでいるように思える。

そう言って褒め称えているように思える。

たとえば
感情が無かったら
嫌な感じを受けて
クールとか、冷たいとかになる。

けど
今、対称にしているのは
たいした感情の幅を持たないという人間。

だから

少しだけ熱いように見えるはず。

いや、熱いのを抑えているように見えるはず。

ところが変われば知的にも見えたりする。

頭が良いようにも見える。


つまり

これくらいの感情の熱さだったら

常識から外れていないよね

という

個人的な主観なんだと。


それって
冷静なんじゃなくて
冷静に見えるだけでしょ。

ちょっと熱いのに、それでいて言っていることがまとも(に見える)というだけで。


なんていうのかな…

冷静っていうのは

そんなんじゃなくてさ

もっと、こうさ。

心が熱いからこそ
脳がクールダウンした瞬間に言える言葉なんじゃないのかなって思う。

勿論、心の温度はその時によって熱さは違うだろうし。
熱いばかりじゃないし。
それに、その温度にあわせたクールダウンが存在しているものだよ。


そのクールダウンと心の温度。

それらの幅は、

冷静に見える人よりも

普段からずっとずっと熱いものだよと

そう思うんですよね。


だからこそ

本当に冷静な人なんだと。

熱いからこそ完成する冷静な人なんだと。

いいや、熱くなかったら本当の冷静な人にはなれないよと思う。



感じることのできない。

だから、ものを見れない。

それがフェイクなんだと。

結局、本当のことなんて何も見えていないんだよね。



表面的なお祭りごとにの魔法に

たくさんの人がかかっているのかなって

なんとなくだけど思ったりしました。

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「嘘と裏切りの末路」と「生きるための生き方」

言葉が零れると
心も零れる。

体から

背中から


ぽろり


ぽろりと


心が零れていく。


嘘や裏切りは悪となり跳ね返り

我が嘘と裏切りの呪縛に巻かれ
砂の中に呑まれていくもの。


調子に乗って

嘲笑って

余裕ぶって

高みの見物を決め込んでいるつもりでいても


本当の世界では

無駄で。


本当は
余裕なんて持っている場合じゃないし

終幕にかけてカウントされていたりもする。


嘘と裏切りという呪いの言葉は

どんどん
どんどん
砂の中に我が魂を沈めてしまうもの。


はっとして――、
やっと
愚かさに気が付いたからといって

急に焦っても、

急に泣いたとしても、

時のスイッチは稼動しているから無駄で。


終いには

命乞いをしてみるけど

そんな、
自分のためだけの懺悔は
受け入れられるはずが無くて。

そんな、
自分のために
という気持ちがスタートになったものなんて
受け入れられるはずが無くて。


だから

きっとね。

そういう失敗をしないようにって
人間に考える頭を
神様はつくってくれたのだと思う。


人は

考える頭があって、
心もあって、
あったかい涙もある、はず。

自分なりに考えたら…。

何をしたらこうなるよって考えたら…。

懺悔したくなるようなことをするのは
ちょっとでも減らせるんじゃないのと思ったりする。


口から滑り出す時は軽やかな嘘や裏切りだったとしても、
嘘と裏切りの重さは計り知れない重みが在る。

その重みは
誰かの体内に侵入すると
心が不治の病になってしまうのだと思う。

何を持ってしても
戻らないこともあると思う。


だからこそ

少しでも多くの人が
大切な人をちゃんと見てて欲しい。


それから

人が最も辛いと思える中のひとつに
自分が愚かであったがために後悔するというのが在る。

要は…

たくさんの失敗を生かすというよりも

今からの人生を丁寧に生きていくことで
変えられたりするものなんじゃないのかなと感じています。

また
丁寧とは本気という魂に辿り着く思いでもあります。

つまり、自分は駄目なんだという過去のことではなくて

今からを生きていって欲しいと――、
そう、思っています。

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プロフィール

HN:
福島の母 占い軒龍卑(haruka)
年齢:
56
性別:
女性
誕生日:
1969/11/01
職業:
占い師&マクラメ工芸士(講師もします)
趣味:
占い・読書(ほぼ仕事の本)・ガーデニング・その他諸々
軒龍卑の近況:
福島県福島市笹谷在住
現在は福島市笹谷にある、店舗【卯羅那石(うらないし)】にて鑑定をしています。店舗では占いの他にマクラメアクセサリー(ワークショップもあり)・柔道整復師によるリラクゼーション・インド刺繍リボン(業者卸有り)・天然石(業者卸有り)・雑貨などを取り扱っています。

なにげ修行は一生だという考えの持ち主です。
形の無いたったひとつの本当へ意識と脳が融合した状態で辿りつくことを数ある修行の中でも最低のラインと考え実践しています。

それから近年の変化ですが、霊界との関係性に変化があり、有効な知識を蓄え血肉にするため日々鍛錬しています。

私生活では極力霊界の事情を持ち込まないように、仮に持ち込んだ場合は速やか且つ敏速に対応しています。

それから私はかなりの方向音痴です。
なので出張へ行くと数回に1度の割で逆方向へ移動することが…。
しかも霊視中にも方向音痴が炸裂するので、東西南北ではなく時計表示&前後左右で方角を説明します。

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