白月光
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あなたは本当の自分で生きてますか?

天の啓示

天からの啓示とは、人間を超える超越的な異世界の存在が、人間へ啓示を与えること。

啓示を天のメッセージとして捕らえることをできるのは霊能者だけ。
或いは神仏に通じている者だけ。
そんな…間違ったイメージを多くの人間は抱いていると思う。

でもね、天からの啓示は割と頻繁に起こっているの。
ただ、それが不思議な事だと思わないから見過ごしやすい。



多くの人に天の啓示があることを願います。


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運を上げる

もしもどんな願いも叶う鏡があったなら、どんな願い事をしますか?
でも、その願いは、たったひとつだけしか叶えることはできない。使用期限は3日以内……。

私はたまに(ん? いつもかも^^;)、そんな間抜けなことを考えたりします。
ちなみに私の場合はドラえもんが欲しいのだ~。


願い事と言うけれど素朴な願いもあれば夢のような願いもある。
結構、そういう願い事って隠れた自分の一面が見えたりする。これが自分以外の人間だったとしても、この人ってこんなことを考えていたのか…。と、ショックもあり驚きや感動もあるというもの。

こういうテーマってよく心理テストに使われていたりするよね。使われる理由は、(普段考えてもいない)意外な事に答えるのだから見えなかった(或いは、認識してなかった)自分自身を知るのだから(心理テストに使用されるのが)当然と言えば当然だよね。

普段(当たり前だと思いすぎて)考えない事をじっくり考えてみる。
それって、前頭連合野にも良い影響があるんだよ。

前頭連合野の働きの中には感情を生涯にわたり成長させていく部位がある。

こういう脳の働かせ方というのは

「がんこじいさん(おじちゃん)」
「がんこばあさん(おばちゃん)」

をいつの間にか作ってしまう脳へ刺激を与えることになるから、いつまでも若々しくいたい人は試してみるといいよ。


つまりはね、当たり前の事を毎日々なんの疑問も持たずに動いていると、ロボットみたいな脳になってしまうの。簡単に言えば退化していく。この退化は中学生くらいでもあるんだよ。ま、その場合は(前頭連合野の)脳萎縮として現れるらしいけどね。

で、その状況(脳萎縮)がなぜ良くないのか? 私の視点から言えることはね――、

「生きがいをみつけられない(または、みつけづらくなる)」
(普段当たり前に思いすぎて考えもしない事を考えるようにすると、見つかる。または見つけやすくなる)

「喜怒哀楽が薄い(または、薄くなりやすい)」
(普段当たり前に思いすぎて考えもしない事を考えるようにすると、良いバランスの情緒が現れる。または現れやすくなる)

ということがいえる。そして、その状態を霊的な表現に言い換えてしまうと、

「オーラがない(または、薄い)」
(普段当たり前に思いすぎて考えもしない事を考えるようにすると、強くなる。または強くなりやすい状態)

となるんだ。で、ロボットのような思考は運が悪くなる(悪くなりやすい)という事にもイコールになるんだよ。


ま、運気の上下と言うものは様々な側面から様々な表現によって言えること。だから、これだけをやっていれば運が良くなると言う意味ではない。ただね、運が良くなるアイティムのひとつだということは間違いなく言えるけどね。



要は、脳の使い方で運気アップができる。こんな、運の上げかたもあるのだということ。


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三者面談

今日は真ん中の子の三者面談があった。だんなさんとふたりのこのこと中学校へ行ってきた。
娘は5月から不登校の子が通うための(学校内にある)部屋へ通っている。その部屋は3学年の女子だけが使用している。(娘の中学では、不登校の子が通えるように、男女別、学年ごとに部屋を設けてある)

三者面談の内容は(中3なので)当然受験と成績の話。でも、その前に、最近の娘の様子を担任(男性)が話をしてきた。担任は国語を担当しているのだけど、娘が授業を受けていないにも関わらず学期末試験の(国語だけは^^;)成績がかなり上がったということだった。そして、先日、「校長と面接」というのがあり、その時の言葉の対応が良かったと褒めていた。で、面談中に担任から質問をされ、それに娘は答えた。その答え方の中に「喜怒哀楽」という四字熟語を入れて娘が話をしたことに、とても感動したらしく、国語の実力がついてきたのだと豪語してくれた。
確かに中学生で喜怒哀楽など使わないかもしれないね。
けれど、そこに中学とか小学とかの年齢が言葉を表現するということに、関係があるのだろうか。別に、担任を否定するつもりではなく、そういった言葉とは環境により自然に形成されてしまう部分もあるとは思う。つまり、娘の場合、今までの環境で自然に身についた言葉の表現。当然、国語の基礎力という努力がなければ意味の無い言葉の表現になってしまうことは言うまでもない。


ところで、私は娘を事あるごとに連れまわす。やれ出張だ、鑑定だ、或いは友達と会う等。私が出かける時は必ず連れて行くことにしている。連れて歩く理由のひとつには、娘への懺悔から悔い改めた愛情を目的ともしているが、仕事に関しては別だ。仕事面では、勿論、娘の霊感の能力を私自身買っているし、呪術などを行なう場合は尚更、下手に、同業と行くよりも強力な助っ人として活躍してくれる。だから、仕事として連れて行くのだ。


話は戻るけど、国語の実力というものは、単に国語を勉強しただけでは、自分自身の血や肉にならないのではないかと思う。勉強をした上で、社会的に或いは人間関係上などのひとつのテーマを自分なりに持ち、実際の人間との何かしらの接触がないと血にも肉にもならないのではないかと、私は考えている。
だからと言って、私の子供は素晴らしいでしょ。という意味では決して無い。私が言いたいことは、子供であれ大人であれ、社会的に或いは人間関係上、(大人であれば、仕事上)というテーマを持つ事は大切なのではないかと思う。当然、持っただけでは意味が無いので実践しなくてはいけない。

つまり美味しいものだけを食べて運動をしなければ肥満になる。適度な運動は人間にとって必要だ。ということと、なんら変わりが無いように思える。
要は、勉強しただけでは宝の持ち腐れだけど、自己の表現という魅力を発するためには「テーマに沿った」実践が必要だと言う事。


あ、ちなみに娘にブログ記事を確認して貰ってからupしています。

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いじめ 学校の体制

私は、今まで様々な場面で学校でのいじめについて関わってきた。
そして、小、中学校に関わらず、学校の体制なのかマニュアルなのか分からないが、ひとつのパターンがあるということに気がついた。
今から書く事は、(過去の)事実に基づいた統計でしかないことを最初に理解してもらいたい。




○ 「いじめがありました」という保護者からの訴えがあった場合について。



(学校側)「そうAさん(いじめを受けた当事者)は、思 っ た のですね」
つまり、(いじめを受けた)本人の思考内だけの被害意識である。という風に、いじめを受けた子供だけの問題であるという対応をする。

↑この場合、いじめられたと言う本人の自覚があれば、確実にいじめである。




また、いじめた子から調書のようなものをとった場合は、
「(いじめた相手は)いじめたという意識は無く、悪ふざけ(或いは単にふざけて遊んでいただけ)だったという事でした」
と、いじめを受けましたという本人の自覚を結果的に無視する(或いは事実無根であり始めから存在していない)といった対応。

↑いじめた相手が仮に自覚が無くても、本人がいじめられたと思えば完璧にいじめである。


そして、(いじめられた側からすれば)いじめられたと思うことに罪悪感を持つ必要も無い。

なぜなら、多くの子供はその地点で

「自分が悪いから(駄目だから)いじめられたのだ」

と、感じている。それは、いじめをしている子が、そう(本人に)自覚させるように、一日の中で何度と無く呪文のごとく「お前が悪いのだ」ということを言っている場合が多い。要はマインドコントロールをされているようなもの。
大人が会社に行って、四六時中じりじりとこんな嫌がらせをうけたら、たちまちノイローゼになってしまう。自分に置き換えれば(いじめを受けた子の心理を)理解できるはず。





要は、いじめがありましたという(いじめられた側からの)訴えに対し、証拠があるなしに関わらず、
「いじめた」あるいは「いじめです」などと、いじめを容認する言葉を一切使用しない傾向がある。

そして、出てくる言葉は、問いかけの形式を用い、

「いじめ が あ っ た の で す ね (いじめられた子の捕らえ方の問題)」
「以前にそのような事が あ っ た のですね(過去形)」

という対応を、第一線で行なってくる。

↑いじめを受けた子の捕らえ方の問題ではなく、紛れもない「いじめは完璧な事実」である。過去形にされた場合は、(いじめを受けた本人が)今も苦しんでいるのであれば、決して過去などではない。
間違いなく「現在進行形」である。

(多くの学校は)決していじめを容認をしない。単にいじめられた子の話を保護者がしているのだ。という受身の体制をとる。
だが、こうも考えられる。「いじめを受けた子と学校側の関係性は希薄である」というイメージを保護者へインプットする。つまり、学校といじめを受けた子の保護者の連帯感を保つのではなく、あくまでも「学校は仲裁です」という体制を貫こうとする。

しかし、教育とは、児童や生徒が安心して学校へ行ける事実がある上でのみ成り立つものである。要するに、学校側で、(いじめをうけている子に対して)全力で学校内の環境を整えるのは教職の仕事であり、故に勤めでもあるということが言えるはず。





そして、教師との距離を縮めようとはするものの、肝心のいじめた子への対応は(ほぼ)放任の状態。指導らしい指導を怠っている。

↑教師との距離を縮めても改善などできない。先にやらなくてはいけない事は
「いじめた親子からの“謝罪”と“もうしませんという約束”」
である。仮に、約束を破られた時(いじめられた本人の精神状態等を考慮しなくてはいけない状況など)のための対策も考えておく必要がある。例えば転校。それでも難しい場合はフリースクールなど。

放任の状況についての学校側の言い分。「相手の親と児童(生徒)の精神的な面もあるので、安易に言えません」等。しかし、これについては、いじめを受けている子の精神状態は、考慮していないのだと言っているのと同じ意味にもなる。簡単に言えば心理的なトリックとも言えるが、言葉の節々を細かく注意して聞いていれば、ただの屁理屈。全く筋が通っていないという事実が判明する。

つまり、…精神面が~と言っている時点で、相手の子供の精神面は考慮しているが、お宅の子供は考慮していませんといっているのと同じな訳だよね。ということは、うちの子は児童(生徒)として認めていないのだとも考えられる。要はハリボテの屁理屈など、筋を通して理詰めでいった時に崩れるというわけ。




そして、酷い学校だと、いじめた子の親への連絡もしていない。仮に、いじめられた子の体に症状が現れていたとしても、
「学校の中にスクールカウンセラーがいます」
と、言ってきたりする。しかし、スクールカウンセラーがいたとしても、前回ブログにも書いたが“いじめた子からの謝罪と、いじめないと言う約束”が無ければ、いじめを受けた子供は学校へは行けるはずがない。スクールカウンセラーなどは、謝罪といじめをしないという約束の後に関わるものだと、私は思うのだが。
しかも、いじめた子にはスクールカウンセラーは関係ない、といった意見を往々にして平気で口に出す傾向がある。



つまり、いじめなど無くなるわけがないという対応なのか、平常を保つためなのか、たいした問題ではないという意味なのか、ま、何にせよ不誠実な対応をしてくる場合が多い。




学校とは何を学び何を目的とし存在しているのか。教職をしている方は今一度考えて欲しいと強く思う。







※ このブログ記事は、(過去の)事実に基づいた統計でしかないことを理解してもらいたい。

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学校のいじめ

今日、私の友人のたまちゃんが家に遊びに来た。たまちゃんの子供(小3)は、現在、不登校になってしまった。というよりも、本当は(子ども自身は)学校へ行きたくて仕方がないのだけど、学校側が(登校できるように)体制を整えてくれないことで、行けないのだ。

学校に行けなくなってしまった原因は「いじめ」
男の子特有の、プロレスごっこと称した い じ め を低学年(1年生の3学期)の時から受けていた。

我が子のいじめられている事実を把握したたまちゃんは、直ぐに学校へと足を運んだ。
そして、学校からは

「現行犯じゃないと、学校側は対応できません」

と……言われたそうだ。それでもたまちゃんは、かわいい我が子のために、そんな屁理屈に屈せず学校へ地道に通ったのだ。

「うちが母子家庭だから、(学校が)対応をきちんとしてくれないのかな……」

そう、たまちゃんは、よく愚痴をこぼす。心細くて仕方が無いのだ。



そして、おととい、たまちゃんからある事実を私は聞いた。
それは

“相手の親も相手の子供も(たまちゃんの)子供にあやまっていない”

ということだった。

それじゃー、子供は学校へおそろしくて行ける訳が無い。
だって、

いじめた子の親が(たまちゃんの子供に)あやまらない。
いじめた子も(たまちゃんの子供に)あやまらない。

ということは、たまちゃんの子供が学校へ行くという事は、いじめの無法地帯へ丸腰で入っていくようなもの。
しかも、たまちゃんの子供は体に症状が出てしまっている。嘔吐と下痢。

で、校長がね、「この前○○○君(たまちゃんの子供)がきた時はとっても楽しそうでしたよ~」
と、言ったそうだ。
それってさ、楽しそうだから下痢と嘔吐をするんだよね。嫌な事を嫌と言えたなら、体に症状なんて出やしない。そう、私は思う。
しかも追い討ちを掛けるがごとく、校長の趣味をたまちゃんの子供にすすめたそうだ。それは、それで、良い事かもしれない。けどね、(いじめた子が)謝ってもいないのに順番が違うよね。と、私は思ったよ。
でね、
「こうやって○○○君(たまちゃんの子供)が私(校長)と触れ合う時間が有れば学校に来れる」
と、いったそうな……………。






校長と仲良くしたって、


おそろしくて学校にいける訳がないよ、校長センセ……。







これから校長はどんな風に動いてくれるのか分からないけれど、岩塩の意志のごとく方針を曲げずにいくのか、或いは?…………。




ま、真の教育とは何なのか……と、考えさせられた1日だったね。





※ 全ての記事は、たまちゃんの許可により掲載しています。

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私の日課

私が日課にしていることはいくつかある。その中のひとつに読書がある。読書は大抵は外においてある(喫煙所の…)椅子に座ってするのだけど、外で読む本のジャンルは大まかに決まっている。室内で本を読む時は、(様々な作者の)小説。でも、外で読む本はちょっと難しい本。例えば精神医学や通常の医学書だったり、倫理や哲学だったりする。(あ、時間が無いときは風呂の中で読むよ)
最初は、外用のジャンルに分けた本も含め、読書は室内でしていたの。けれど、ある日、家の中を(恐怖の) 禁 煙 にしようと私が(苦笑)提案した。で、喫煙コーナーは玄関のスペースにつくられ(ボロだけどテーブルなんかもあるのだw)、すだれまで立てかけて、結構、お気に入りの空間ができた。その居心地のいい空間であるときに本をよんでみた。読んだ本はいつもの小説。でもね、

あれ…なんか調子が出ないな…( ̄_ ̄||)…。

そう、目で文字を捉えているのに、頭の中にちっとも吸収できないの。どうしても、その小説が読みたいのに頭に入らない。仕方ないから部屋に戻ったのね。そうしたらさ、スルスルと頭に入る。

えっ??

私の頭の中ではぐるぐると様々な情報が飛び交った。もしかして……。その時ひとつの予測が浮かんだ。
外に “今読んでいた小説” ではなく “精神医学” の本を持って出てみたのだ。どうしても必要な知識がその本には書いてあるのだけど、頭にさっぱりインプットされなくて文章を反復ばかりしていた、本。その本を外で読んでみることにしたの。

そうしたらね、いきなり読めるっ。あ、吸収してる!!! って、自覚があるのよ。だからね、「ではでは、もう一回」とばかり立証するために室内で読んでみた。


おおおぉ、いつもと一緒で吸収なんてしやしない(笑)


禁煙様様かもね(笑)


他に私の(最近の)日課は、リニューアル用のHPの構成。でもさ……こういうのって繊細な作業でしょ。だからね、やりたくないときもあるのよ。そういう時は仕方ないから、見るだけにしておく(*´д`*)へへへっ

ま、他にも日課はあるのだけどさしあたってふたつだけ。

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なるほど…

昨夜、深夜1時を回ったあたりから急に霊気(霊が出てくる時の気)が強くなった。気がついたのは洗面所の鏡を見た瞬間だった。(現に足元から冷たい風が吹いてきて、足首にまとわり付いたんだよ)



(あれ? 仕事で何か憑けちゃたかな…?  )



一応、無難に仕事中の事も考えてみた。けれど、違う。どう考えても違うのだ。じゃぁ、同業に呪いでも掛けられた(結構、頻繁にやられる ̄ω ̄;)


( ;´・_・`)う~ん。どれも違う………。


終いには、深夜3時を過ぎたあたりでとてつもない気配が家の中に溢れてきた。つまりは、霊の大群。


(えっ? はぁ? 何これ? ………)


もしかして(強烈な)満月だとか? いいや、満月は18日だよ。
んじゃ、仏滅? でもないな…。その直後に、霊感は自動的に開放されて霊感の神経の総立ち状態。頼むよ。やめてくれ~Σ(゚Д゚υ)


で、気になって外に出たの。外に出てみたら空に異変――。


(あ、霊界の異変か……!!! (;・∀・)



で、その1時間後。霊感を持ってる友人numaちゃんからのメール。
「まだ起きてる?」
起きていると返信を返すなり、numaちゃんから即電話。霊現象も忘れて「何事? 」と心配した。


numaちゃん曰く、喚いて、


いいや……


絶━Ψ(||゚□゚||)Ψ━叫 


して起きたそうな……。



そして、私は、空がおかしいから霊界の異変で、霊の一部が開放されたのだ。と、いった。
が――、
numaちゃんはしきりに私関連の人間が、自分にも呪いを掛けたのだっ!!  (苦笑)と、言い張った。
いいや、霊界だっ( ̄_ ̄)そう言い切る私。


(numaちゃん) 「あっ、今日は 旧 盆 だよね……」


(私) 「えっ……私、知らなかった(苦笑) 」
↑ハッキリ言って事実です(^ω^;)


謎は解決され、スッキリした私は、日の昇るさなか布団へ入り寝ました(笑)


しかし、何事かと思ったよ。だってお化けの軍団がいるんだもの……( ̄ω ̄||)




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象の背中 (2/2)

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プロフィール

HN:
福島の母 占い軒龍卑(haruka)
年齢:
56
性別:
女性
誕生日:
1969/11/01
職業:
占い師&マクラメ工芸士(講師もします)
趣味:
占い・読書(ほぼ仕事の本)・ガーデニング・その他諸々
軒龍卑の近況:
福島県福島市笹谷在住
現在は福島市笹谷にある、店舗【卯羅那石(うらないし)】にて鑑定をしています。店舗では占いの他にマクラメアクセサリー(ワークショップもあり)・柔道整復師によるリラクゼーション・インド刺繍リボン(業者卸有り)・天然石(業者卸有り)・雑貨などを取り扱っています。

なにげ修行は一生だという考えの持ち主です。
形の無いたったひとつの本当へ意識と脳が融合した状態で辿りつくことを数ある修行の中でも最低のラインと考え実践しています。

それから近年の変化ですが、霊界との関係性に変化があり、有効な知識を蓄え血肉にするため日々鍛錬しています。

私生活では極力霊界の事情を持ち込まないように、仮に持ち込んだ場合は速やか且つ敏速に対応しています。

それから私はかなりの方向音痴です。
なので出張へ行くと数回に1度の割で逆方向へ移動することが…。
しかも霊視中にも方向音痴が炸裂するので、東西南北ではなく時計表示&前後左右で方角を説明します。

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