殺気。それには幾らかのパターンがあると思うのです。
全面に殺気が出た場合を威嚇(いかく)といい。
威嚇の方向性がずれた時、殺気をだしている人間が小さく見える。
まあ、いわゆる上から物を言うタイプと化してしまいます。
そして、殺気を同一化させた場合を燃えるような殺気といい(少なくとも私の中ではですよ)。
これって、周りから見たら、何をそんなに燃えているんだよ。という闘志の塊に見えてしまう、アレです。
それから、殺気が後方に退けた場合を本物の殺気といい。
漲るような威嚇も挑発も無いし
殺気を向けている相手をばかにしている感も無い。
なのに、凄まじい殺気が漂い気負けしそう。
私の独断と、大いなる偏見によって分析されてしまったのが、前文に書いた殺気です。
実は、対人関係でも、人は知らず知らずのうちに
殺気の粒子を含ませ、出してしまっている人が多いんです。
結局、殺気とは、[対人関係がうまくいかない原因の]ひとつでもあります。
まあ、それでですね。
こうすれば、殺気の粒子ごとでません。という何かしらのアイティムが分かれば、
ここで紹介できますよね。
それを身につけていたら、自動的に殺気の粒子ごとシャットアウト。
ということは、健在意識と潜在意識の、絡むような葛藤が未然に防げるわけで。
つまるところ、自律神経とか、人間関係の円滑とか、いろいろ応用できますよね。
でもね
未だに思案中です……。
なかなか、ここの製品のコレとか、あそこで作っているアレ。という物が見当たらないんですよね。
別に、そういう商品を販売するのは(簡潔だし)いいんですが…
いんちき宗教みたいでうさんくさいじゃないですか……。そういうイメージって嫌だし…。
だったら
誰でも買えるよねという品物を探してみようと思ったわけなんですよね。
まあ
それって、大分以前から考えていたことなんですけどね。
閃きがあって
テストして
大丈夫という確証ができたら
ちゃんと、ここに書いておきますね。
殺気は、現在の研究対象でもあるので、地道に事を進めていれば
何れ必ず紹介はできるはずですよ。
そうですね。
教科書みたいな思考を捨てて
今以上に、何事にも柔軟に取り組むこと。
その誓いさえ怠らなければ、きっと紹介できる状態までいくことでしょう。
どのくらいの月日を費やすのかまでは不明ですけどね。
……なんてこといって、
はい、ではでは、このなになにを販売しますねー。ってなことを堂々といったりして。ね。
まあ、天地がひっくり返っても、そんなのを販売するのはいやですね。
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