白月光 いじめという名の心の空洞化現象は今の時代だからなのか?|My thought(私の思想)|除霊・呪術・霊感 福島の母 占い軒龍卑 「白月光」

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あなたは本当の自分で生きてますか

いじめという名の心の空洞化現象は今の時代だからなのか?

人と人の繋がりは会う機会ばかりを示しはしない。心の絆が人と人との繋がりを確定し広がりや展開をあらわすこともある。

頻繁に顔を合わせる仲間がいても、絆が薄ければ何れ離れて行く存在となる。

絆は目に見えない強い結びつきがある。だからなのか、現実に見えるものじゃないから軽視する人間も多くなっているようにも思える。そんな見えない何かに囚われ煩わされるくらいなら自分の時間を充実させた方がいいよね。とでも言う意味なのかわからないけれど、或いはそういう淡々とした人間関係を好む時代なのかもしれない。

だとしたら、そういった考えのまま家族の和の中に溶け込んでいたらどうなってしまうのだろう。私は娘のいじめの件で幾人かの生徒と接触し、長時間に渡り直接はなしをした。その時にこの今書いている時代的な象徴であろう考えの持ち主達とも接触している。
その思うがままを私は生徒へストレートに話をした。当然、校長や数名の先生方の前。勿論、その生徒の親もいる前で、私は意見を述べた。

きっと虚しいであろう。
そして既に感覚が麻痺して味覚が異常になり味がわからない。
ましてや、自分が何が好きで何をしたいのかさえも分からず延々とキャラを演じているのだろ。

そういったことを長々ととある生徒へ本気で言ったのだ。

が、しかし、その生徒の親は初耳のような顔をしたのだ。だけれども、親が初耳の心境でなければいじめなどは無かった可能性が高いと言える。
いじめをした我子がいじめを受けている子供と同等の精神的虐待、或いは心の傷を親ないしは友達から受けているという事実を浅はかな意味でしか考えられなかったようだ。辛うじて、その生徒の親もいけなかったのだという反省はあった。つまり、辛うじて反省したその反省こそが浅はかなのだ。要は知ったつもり。分かったつもりでいても所詮肝心な部分が飲み込めていないのだから、何も理解していないとも言えるのだ。
その上、世間体が先に立ち、羞恥心が大半を占め正常に物事を判断できない状態なのであろうと私には思えた。それは返ってきた言葉や、ちょっとした仕草でも見て取れたものだった。

そんなものを判断するのに霊感で見たとかじゃない。
単に静かな気持ちで相手の様子や素行を伺い、更に随時新たな展開を整理し感情ではなく状況を理解する処理能力を働かせれば、誰だとしても見抜ける範囲のこと。

だからと言って、そこまでの話を(そんなことも気が付かないのかということを)私がしてしまうのもどうかと思うし、私がそこまでしてやる必要も無い。恨みはあれどそのような義理など微塵も無い。


第一、親自身が一切が子供のためではなく、己のためだけに改心する気持ちが無ければ子供は永遠に救われる訳が無い。故に、その事実に子供自身も気が付くべきだし、大宇宙の中に存在する心の掟を自ら気が付いてよい年齢なのだ(娘もその生徒も中3です)。いいや、知っていて当然の年齢だと言えよう。

ま、また機会があればこの話しに纏わる事柄は書きたいと思っているので、興味のある人は気長に待っていてくださいね。

いろいろ私なりに感じている事、理解している事があるし、もしかしたら、私からのこの情報が必要な立場の人間も居るかも知れないし。何にせよ今日はここまで。

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無題

なんだか私ばかり書き込みしてるような感じが・・

文章でやりとりする難しさを感じていますが
この記事を読んでまた思うところがあったので書き込みさせてください。
言葉の定義とかそういうことをキチンと決めないと話せないことではありますが、
私が思ったままを書きます。

なんか感情がおかしい人が多すぎますよね。

揉め事を避けるために、自分の思っていることを表現しない人がとても多いように思います。
子どもでさえ、そうです。
私は子どもと接する機会があるときに、子どもがよく口にする「なんとなく」とか「わからない」とかいうことについてしつこくどういうことか聞いてみました。
「なんでそう思うの」「どこがイヤなの」・・
でも私が接したほとんどの子どもが、次の言葉を見つけることができないのです。

結果次の言葉が出てこないとしても、のど元まで出てきているのか、それとも、考えることすらしていないのかそこまではわからないのですが、様子を見ていると、考えること自体拒否しているような感じもします。

次の言葉を見つければ、おのずと何かとぶつかったり、もっと合理的な答えをみつけなければなりません。
本当はそれが必要なのですが、そんなこと(不完全さがわかって)格好わるいか、(議論を発展させるのが)面倒なのか、目立ってしまうのかわからないのですが、もうそこでおしまいです。

思考が完結などしないのは常ですし、その人が考えること自体が評価されていればよいのですが、今の世の中は完結していなければ、すぐにバカにされたり揉め事になったりしがちです。だから自分の思考の不完全さを隠すこと、つまりは、語らないことを選び、結局は議論が広がらないまま、黙りこくってしまうのです。ここで揉めない心地よさに心酔してしまうのです。
(そうしているうちに、考えることも忘れてしまいます)

文中にある「非凡な存在」というのがなんであるか、はっきりわからないのですが、
もし、ちょっと変わっていることということで、「いじめのターゲット」などであるとすると
そのターゲットは、もしかしたら、それぞれの思考が不完全であったり、思考が停止していることを、明るみに出すきっかけになるような可能性をはらんでいるから、その集団にとってある種の恐怖であり、その恐怖をとりのぞくために、抹殺する、つまりはいじめ倒すという方向が正当化されていくのではないかと考えたりします。何かを投げかける人、揉め事の種となる人は、「平和」を乱す人であり、集団にとって抹殺するに十分な理由があるのです。
(まあ、空気が読めない人にイラついたりはしますけど、この空気が読めないという言葉もクセものですよね。情緒を共有しないという場合は問題ですが何かを提案するという意味では賞賛されるべきだと思います。ともかくいろいろなものが一緒くたにされている感じがします)

学校や職場といった縛りがある集団では、こうして感情をおさえ、危うい均衡を保つことに全力投球する個人も、縛りがなくなると同時に、感情的には爆発するように思うのです。

何か問題があったとき、感情がわきあがるのはあったとしても、「いや待て」と、どこかの首相ではありませんが、客観的な視点を加え、修正を加えた後、どう対処するかという方向に動くのが本来ですが、
客観的な視点を加えない人が多いですし、もちろん自分を客観的になんて見られるはずはないのですが、それでも、一度は立ち止まらなければ、暴走してしまうので、形だけでも立ち止まるのが必要だと思うのですが、そんなことしないのですよ。
いや、本来なら、自分で客観的な視点を加えなくても、そこで、暴走した感情や利己的な考えや常識ハズレを戒める人などがいたのですが、戒めは、揉め事ですから、みんな避けてしまいます、つまり感情のストッパーが外れてしまっているような感じがします。

冷静に話し合うこと、思考を発展させることを評価する世の中になってほしいと思っています。

ただ、私がブログを読んで、はじめにおもいついたのはまったく別のことなんです。
(思考が飛びがちなんで・・・)
私の知り合いでもう若くはない年齢の人ですが、なんというか
情緒不全みたいな感じの人がいるんですよね。
感情といわれること
たとえば、怒ったりびっくりしたり、っていうのかなそういうことが生活のなかでないわけではないのですが、なんかへんなんですよ。

感情って何かの現象が起きたとき、たぶん、いろんなものと照らし合わせて、内から反応するものと思うのですが、その人の場合、こういうことがあれば、悲しいんだろう、こういうことがあれば怒るんだろう・・・
みたいな感じというか・・
まあ、自分のことについてはそれなりの反応なのですが、
他人が悲しいことに会ったとき、周囲は「かわいそう」とか「何とか助けたい」とか
自分自身のうちからそういう2次的な感情というのでしょうか、そういうものが起きると思うのですが、まさに他人事で、自分はかわいそうだと思わないとかそういうはっきりした判断があるならわかるのですが、そういうことがあればかわいそうなのかなあ・・とかこのぐらい助ければ十分だろう・・とか、世の中の範例に従って反応している、なんか自分の尺度がないような人がいるのですよ。

これってなんでしょうかねえ。私はずっとその人は情緒不全だから、その人に感情的に訴えても無駄だと思っていたのですが、考えてみれば、なんでそんな風になったのか不思議でもあります。
感情というものを学ぶ機会がなかったのか、感情を表に出して失敗したのかわかりませんが、もし世の中全体がそんな風になっていたら怖いですよね。。。ああでも、感情のストッパーがきかない人ばかりというのも怖いですけど。

思うままかいてしまいました。長くてすみません。

>うににさん

文章のやり取りとはとても難しいですよね。仮に話をして言いたいことを伝えられたとしても、それらを文章にすると、どこかおかしいんですよ。文章にしても話にしても言いたいことが伝わるということはひとつの技ですよね。そんな中、おばあちゃんのとてつもなく短いひと言がガツンと胸に届いてきたり…本当に言葉とは不思議です。

私はこのブログを通じて私自身がどういう人間なのかという自分の一部を表現しています。それは占い師であっても人生を歩く道は苦しいし辛いことも多々あるのだ、という当たり前の事柄を分かってもらいたいという思いと、こういった人生であっても何をすべきかどうすべきか、という選択をごく当たり前のように考えているし、特別な思考の持ち主ではないのだというこういうことも理解してもらえたらという気持ちで表現しています。

なので、うにさんのように私宛へコメントを真剣に書いてもらえることが、正直とても嬉しいですよ。占い師とは人の道を指示する人間だから己自身が長けているのが当たり前。なんて、そんな風に思われるのは真っ平ごめんです。しかもコメントが私の意見に反対しているからとか意見がずれているとかも思いません。だって、皆其々の考えや思想があるのが当たり前だと思っているし、それに“これが正解”なんてこの世に無いと思うんです。うにさんには色々な視点からコメントを貰えるので、正直素直に嬉しいです。


うにさんの言う通りで感情のおかしい人が確かに多いと私も思います。揉め事を避ける傾向もあると思います。意志の自覚が無い子供達がなんと多いのだろうと感じますね。娘の学校の生徒と話したり現代の若い子と話をすると「別にぃ」とか「どっちでもいい」という返答が返る利率が多いのですが、なんというか…、私が以前から感じていたのは、“適当なのがカッコいい”と思っている子供達が多いのではないのか?! という部分なんですよ。
うにさんがいうところの
>ここで揉めない心地よさに心酔してしまうのです。
>(そうしているうちに、考えることも忘れてしまいます)
↑おそらくは表現する方向は違えど、同じ地点を意味しているのだと思います。

それから「非凡な存在」の意味ですが、勿論いじめのターゲットとしての(非凡)も含みます。これは後々書こうかと思っていたのですが、非凡な存在とはいっても、いじめる対象もそうですけど、要は攻撃できる対象を意味して書いています。つまり、自分のコンプレックスとなるものを長所として完成しているように見える対象を攻撃することで、“自分のコンプレックス”を中和する。攻撃とはいっても、自分の持つコンプレックスを対象になる存在が所持しているという自覚がある場合と無い場合と両方あると思うんですよね。歪んだ意識の正当化とでもいえばいいのでしょうか、そういう心理って、子供に限らず持ち合わせている人間は多いのではないかと思います。
それを軽い意味の例えで表わすと、仲良しのA子ちゃんは流行のキャラクターの靴下を履いていた。凄く羨ましい。でも、お母さんが買いませんよと言ったから、流行のキャラの靴下を履いたA子はムカつく。だから、「似合わないね」と、言ってやった。みたいなこともあると思いますよ。こういうのって競争心もあるのかもしれないですが、何よりも本当に好きな事を知らない子供が特に陥る心境なのではないかなと思うんです。
結果的に自分に自信を持てなくなり、攻撃の対象となる他人や(あらゆる)非凡な存在を否定することで、安心するのではないのかと思います。

常々他人と自分との比較をし、競い合い、ひたすら走り続けるような苦しさを埋め合わせる(攻撃できる)非凡な存在が必要。それって心臓の薬みたいですよね。それが無いと生きていけない、みたいな感じに見えます。

それからうにさんの知り合いの方ですが、なんとなく思ったことですけど回答しますね。
まず私が思ったのは「知識」と「感情」其々の発達過程に差がありすぎるのでは?! と、感じましたよ。実際は幼少時からの家庭環境とか、本人の生い立ちなど深く関連しているとは思います。ただ、脳内において知識が多くを占めている。そして、感情を発達させなくとも容易にこれまで生きることができていた。という状況があったのではないかと思います。つまり感情を発達させないことで(感情が)退化したとでもいいましょうか。或いは退化ではなく遺伝的に感情の発達がし辛いということも考えられると思います。
ただし、あくまでも憶測ですよ。

  • 軒龍卑(haruka)
  • 2008/09/22(Mon.)

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軒龍卑(haruka)
年齢:
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誕生日:
1969/11/06
職業:
占い師
趣味:
占い/絵(デジタルアートも含む)を描くこと/その他は密かに多趣味だったりします。
軒龍卑の近況:
なにげ修行は一生だという考えの持ち主です。
形の無いたったひとつの本当へ意識と脳が融合した状態で辿りつくことを数ある修行の中でも最低のラインと考え実践います。

それから近年の変化ですが、霊界との関係性に変化があり、有効な知識を蓄え血肉にするため日々鍛錬しています。

私生活では極力霊界の事情を持ち込まないように、仮に持ち込んだ場合は速やか且つ敏速に対応しています。

それから私はかなりの方向音痴です。
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