白月光 心理|福島市・除霊・呪術・霊感 福島の母 占い軒龍卑 「白月光」

魂の音色の奏でかた


人は川という時代の濁流に呑まれ生きている。


時代が違えば今在るあなたの心も、変動する確立を余儀無くされる可能性があることは否定できない。


きれいだと思うことも汚いと思うことも、それらは自分だけが持てる心の自由。


人の心なんてそれほど変わりは無いとこれまで鑑定をしてきて感じている。
そこに個性という変化球がそれぞれの個人に生じ、個性の影響で異なる、ひとりの人を映し出している。


だけれども人がふだんは見えていない心の中。そこはたいした差など無い。

記号のような感情の指令が行き来し
指令された記号は、もともとの回路に従い接続していく。
結果、私は感じ私は思い、後の行動となっていく。

そういう無機質な世界が心や肉体には存在しているだけ。


なのに、今在る世界では


心がきれいな人は素晴らしく、醜汚にまみれた人間は醜いとなる。


確かに現実的な評価はそれしかないかもしれない。


だけれどもそういった評価は優越感から評価していたりもする。



私はあなたとは違うと。


あなたは私よりも劣っているからと。



その気持ちが誰かの心を闇へと葬ることが在る。


言葉を発する時に、言葉の元となっている心の動機など通常の人は感じない。あるいはほとんど解らないだろう。


優越感は心の貧しさから増幅する。


誰にだって存在している、優越感。



ただ、その事実を静かに見つめることができ考えることを成せた者だけが、魂の音色を美しく変えていけるもの。


故に、自分だけが特別なんていう事実は存在しない。


自分だけが特別という事実は、誰かの心がつくりあげる偶像(ぐうぞう:信仰の対象となる像)のようなもの。非現実的な感覚。


仮に、自分だけは特別に、とても酷い人間だと思うとする。逆に、自分の心は神の生まれ変わりのようにとてもきれいだと思う。或いは、自分はふつうだとか。


これは、どれもが歪んだ自己の中だけの事実。


そして現実とは、もっと異なる空間に存在しているもの。



すなわち、思い上がり。






人の心はそれほど変わりなどなく




故に、温度在る気持ちだけが自分の心を救うものです。

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人間関係~「謝罪について」

今日いう日は、今この時だけの存在。時間。


過ぎ去る瞬間々の時の経過は

生きる軸となっていく。


あなたがどう思っていたとしても、大切に思える何かが心に存在していたとしても

それでも、些細な事柄を気持ちを込めてやれたかどうかで

未来の結果が変わってゆく。



嫌なことが連続的に起こっている、その瞬間。
嫌なことだけに心を奪われてはいないか。


これしきの嫌なことと、今在る大切な何かを秤にかけた時に
嫌な気持ちの方を優先していないか。


また、大切な何かの存在をわかっているつもりになっていないか。




苦しい時ほど考えることを諦めてはいけない。




たったこれだけのことを意識したかしないかによって
未来に光を持ったり、暗転したりするもの。


そして、そういうささやかな気持ちは良かれ悪かれ自分へと還る。

忙しない状況で先約があったにも関わらず、忙しいという現状を優先したとする。
ごめんねと言葉を掛ける。

謝ったのだから良いのではなく

気持ちが在る者と気持ちが無い者とでは、謝り方も違う。

でも謝られた方は、謝ったという事実を優先し現実を受け入れてもくれる。


だが


その後の関係が壊れていくのは、謝った瞬間だったりもする。



謝るのに言い訳を優先する。もしそれが事実だったとしても、言い訳。
だから取り繕って嘘をつくとかじゃなくて
それでも正直に話す。






悪かったと感じる気持ちが





言い訳という言葉の意味を確実に変える。





心に響く謝罪。それができて当然ではないけど、そういう人間であり続けることは素晴らしいことだと思う。


そういうのが気持ちなんだと感じています。

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生きるということを考える

何かへの価値は心が決める。

yozora.jpg








あなたなら、このCGを見て

枯れ木に虚しさを感じましたか

それとも星が気になりましたか。


全ての物事の価値は
あなたの心が決めてゆくもの。


生きていく気持ちの原点とは
こんな些細なことでしかないのです。


たったこれだけの違いが未来を変えていく。

ささやかな違いのようですが
心の潤いや運の良し悪しとは、自分自身の気持ちが確実に関与しています。





それから
この大差が無いようにみえる違いは、心の気付きにも繋がっていることがあります。






生きているということは感じること。


そして心も生きているということ。


感じようとする思いが無ければ、気付きは生まれてはこないものです。




枯れ木があるという事実。だから虚しさを感じた。
その、ダメなことから信じるのではなく


星があると感じる気持ち、つまり善いものから信じること。





しかし
感じる違いは、個性の違いでもある。







だけれども


感じる違いは
この先の未来を確実に変えていくもの。







同じことを続けていたら何も変わらないものです。

変わるためにはいつもと違うことが必要。





生きている事実があるからこそ、生きることを考えるのはとても大切なことだと思います。

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廃墟に学ぶこと-「幸せの原点」

壊れていくものとは

壊れる方向へ向かい前進しているから壊れていくもの。

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たぶんアノ頃からおかしくなった、のではなく

もっとずっと以前からの原因があるわけで。

その結果、壊れるという現実が成立する。


今だけを見ていたら

平和なことも

幸せも

あったりする。


しかし本当の幸せとは
平和や幸せに見えるその時にささやかな悪性の芽を摘み取り続けている、その現状維持を示す。


悪性の芽を摘み取るために必要なのは
いわゆる気付きと現実を見る目のこと。


幸せを継続している者は諍い(いさかい)が起こり続ける。


たとえば諍いの真っ只中にいたとして

本当の幸せを知らぬ者が本当に幸せな者へ


あなたの家はいろいろ起きるよね。なのに、あなたは呑気よね(或いは、大変よね)。


などと、異なった空間から、優越感を含んだ言葉を発してくることがある。




だがそれは、虚しい心の言葉でしかない。




清潔な空間がまめな掃除から成り立つように

幸せも
まめに気持ちを込めていれば必然的に気付きと現実を見る目が生まれ、いずれ成り立つもの。


そして……


幸せとは結果論でしかない。


なろうと思ってなれるものではない。


どんな思いで生きていくか、その思いの込め方が結果的に幸せになるというだけのこと。そういうもの。


また、記事にアップした廃墟が破壊に映るのか、僅かな光としての可能性を感じるか。

たったそれだけの感覚の違いだったりもする。





形だけを求める者は廃墟という現実を建て直そうとするだろう。





心を求める者は僅かな草花に安らぎを感じることだろう。





自分が本当に望んでいる事柄を自分では理解していないことが多いもの。


それが気持ちの違いから生まれる、気付きなのだと思うのです。


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「現実逃避の基盤になっている遺伝子」~生き辛いことを改善するヒント



始めに書いておきます。


本来ならこの記事を精神の探求~Search for spiritの方へ書くべき内容だと考えています。


読んで解るようにと努めましたが、難しかったらごめんなさい。しかも長文です。




生きていることが大変だと感じる位置のみに固着(こちゃく:同じ所にとどまって、そのままの状態で定着すること)している人と、ありのままに受け止める位置を確保し、活用している人。

この違いは、心の距離や角度なんだと思う。
またこれをもっと正確に言ったら、気付きの違いということになるだろう。

或いは、個性。


現実を見るのがこわい。


誰だってそういう気持ちなんだと思う。

また医学的にも、基本はそれしかないと思う。
ただ現実を見るのがこわいという事実が存在していても、現実とうまく付き合っているかどうかというだけ。


たまに思考回路の接続が思うようにいかないままに生まれ、現実がこわくないことがある。

つまり現実を受け入れることができない人もいる。

或いは生まれた後にそうなることもある。


そういう医学的な領域を霊感で辿ると、正常と異常の境界などは混迷しているもので。

だけれども、それだとしても、現実では正常と異常が明らかになっているというだけのこと。

これは、たくさんの人を殺したのだから死刑になって当然。人権なんかあるものか、早く死んでしまえ。
と多くの国民が思ったとしても、現実は人権が在る。


自分的には、そういうのと似ている感覚だったりする。



実際、正常と異常の境界線は存在している。当たり前のこと。

それでも、当たり前の正しいことだけが正しいばかりじゃない時も当然存在します。




*****




こうした正しいとか間違っているとかの話しの関連で、自分が常に頭に在ることがあります。
ちなみに普段霊感で見えている事実です。


それは、ジャンルや形を求める遺伝子が人には強く残っていて、生きている間、終始表面化しようと試みている。

ちなみに前文で書いた「死刑になって当然…」という暴走した感情にあたります。そして表面化しようとしているものの正体とは、いわゆる主観のようなものです。

遺伝子が悪く作用すると
不安がとめどなく増幅した場合に、何かしらの異常が体内で起こり精神を病んでしまうこともあります。



…精神を病んでしまう人のために書いた遺伝子の話しではなく、誰にでも当てはまる話しです。



おそらくこの遺伝子は古代からの生活習慣で、本能に達するくらい強いものではないのかと思っています。
早い話が、ジャンルや形を求める遺伝子(原因)とは、強迫観念(結果)のベースになっているということです。



そして、この遺伝子は人によって遺伝する割合は大きく違います。



強迫観念とは常に何かに急き立てられた精神状態のようなもので、
そこには主となる強い(活性化した)遺伝子があります。

また強迫観念が出ている時とは
現実的に、こうするべきという気持ちに対し本当は拒否しているのですが、
受け入れないといけないと思い込んでしまいます。


いわゆる、結果的に、こうするべきとかいうアレ(思いや主観など…)に最後は辿り着きます。


ただ人によっては無意識のこともあります。仮に無意識だとしても、行動に現れるだけの話し。



更に深い話しをすると

この場合のこうすべきという気持ちは考えではなく、ただの気持ちです。
ただたんに主観とか思い込みとかであって、現実的な考えとは違います。
そして現実逃避に直結していることもあります。


さて、その状況で手っ取り早くいけそうなジャンルや形が目に入ったとしますよね。
酷い場合は後先を考えずに縋(すが)るようにして飛びつくでしょう。


遺伝子によりジャンルや形を求めるプログラムが、(脅迫的な)行動をさせているのだと…。




*****




更に今書いたことを仮に現実に例えるとしたら…

体だけの関係を維持しているカップルがいたとします。

本当は付き合いたいと言いたいのだけどいえない。

言わなくちゃいけないという気持ち(ジャンルや形)と、
言ったら嫌われるという気持ち(ジャンルや形)が交差する。



結局、言わなくちゃいけないのはなぜなのか
言えば嫌われると強制的に結果と結びつけ、ならどうすればいいのかと考えないのはなぜなのか。


こうした当たり前の考えが、余りにも感情的になると抜け落ちることがあります。



当たり前の考えが抜け落ちた状況こそ、(度合いの程度こそあれ)強迫観念に囚われた状態なのだと。



交差している状態では、付き合いたいという気持ちと、言ったら嫌われる。という、2種類の強迫観念が主になっています。

2種類が一緒になっているのではなく、ふたつ存在している状態です。


そして現実ではどうしようという混迷が実際起きていて、葛藤が酷ければ気持ちが苦しいと感じる。
また気持ちへ出ない場合は、苦しいと感じている分だけ身体に異変が起きます。



こういう状態は誰にだって在ります。

ただ医学的に、起こっている状態が病的なのか正常な範囲なのかというだけです。



遺伝子の話しはここまでです。


次は改善策の話しへと移ります。




*****




ところで、この状態って辛いですよね。

歳月をかけて考えました。
なぜ人は主観が表面化しすぎると現実逃避へと向かうのか。
そして現実逃避の根源は何者なのかと。



ちなみに…

強迫観念と書いていますが
解りやすい表現に変換しているだけです。

そして、強迫観念のことで言えるとしたら
強迫観念のもとの「ひとつに」なっているというだけのことです。
強迫観念の全ての要因ですという意味ではないです。

しかし実際私が理解していることとは異なります。あくまでも伝わるために書いた単語が、強迫観念ということになります。


霊感で見えている事実を現実的に言葉として表現するまでには、時間(または歳月)が掛かる場合もあります。


だとしても

強迫観念は、頭のパニックのもとです。

酷ければパニックが原因で人生が暗転してしまいますから。



結果(答え)から言うと


頭が良くなると違います。これが答えです。


また、この部分は前文で書いた、法的な意味で「人権がある」という現実を示します。



重複になるのですが、軽くまとめておきます。


「人権などないという気持ち/付き合いたい、言えないという気持ち」


○これは主観です。現実ではありません。

○現実的には法律が在ります。

○この主観が暴走した状態は、酷くすれば現実逃避に直結することもあります。

○現実逃避が増幅すると医学的に病気や症状が発生することも在ります。




「人権がある/なぜ言わなくてはいけないのかという考え」


○これが現実です。

○理不尽だとしても間違っていたとしても、それでも現実は存在します。






結局、ハンデの量に負けないだけの頭脳があればいいということです。
とはいっても現実を見る目のことなんですけどね。



現実とは、事実としてのありのままの状態のことです。



ついでなんで、現実と本当のことは違います。



ちなみに現実について議論する哲学的な発想や考えなど、そういうものではないです。
(よく見かけるのが、真実とはなにか…とかいう議論なんです。が、そういうのじゃないですよという意味で書きました)




*****




現実が少しずつでも見れるように努力することって、おそらく頭の善い人と同じ脳の領域を使うはずですよ。
まあ、使うはずですよといったのは霊感で見ている結果なので、そう書いているだけで。


結局、現実を受け入れるということは、本当のことを知ることへと繋がる過程のひとつです。
また、現実を無視した状態で本当のことを理解することは不可能です。



なぜ頭が良くなると違ってくるのか。

それは、結果的に思い込みとも言える主観になってしまう、遺伝子の影響がありますよね。
主観を止めることが出来るのは、主観が暴走した状況を「暴走していると」判断できる頭脳だけです。


それで頭が良くなれば違いますと書きました。


頭が良くなれば良いのですと書かなかったのは、遺伝の割合がどの程度かによって改善の度合いが大きく異なるからです。

また

別ポイントの劣勢の遺伝子が強かった場合で、頭が良くなることを阻害する遺伝子があったり、現実を受け入れる機能自体が阻害されていて、改善まで辿り着かないこともあり得るからです。


まあなんにせよ…
興味が在る人は地味に実践してみてください。

気長に、一生掛けて成長していくつもりで。


今書いた脳の領域は私の霊感の結果が間違っていなければ、年々成長していく脳の領域です。年をとっても頭は良くなっていくとかいうアレですね。



でもほんと、地味な作業ですよ。ただ諦めずにやっていくことができたなら、一年後くらいには成長の成果が明白に出てくるんじゃないかなと思います。



きっと、少しずつだけど自分なりに正しいと思える選択が出来るようになってくと思いますよ。

今の自分が選んだ選択を信じることは、自分を信じることにも繋がっています。
それは人を信じることにも直結です。



自分を自分が信じることができるということは、当たり前じゃないからこそ素晴らしいことです。



明日からの風景が変わるほどの意気込みじゃなく
おかずが一品増えた程度の気持ちで進むことが、長続きの秘訣だと思います。

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分からないことが分かる時

日々の努力が大切。


あなたは、やればできる人なんだから。



なんて言葉を聞くと、子供の頃に大人がたれた説教を思い出してしまう人も多いと思う。



ばかみたいにありふれた、そして昔からある言葉。

こういうのって

今の、私が、俺が、
心の中で革命を起こした時に腹へ染み渡るもの。


腹へ染み渡った瞬間…

アレ……。意味が深かったとか、稚拙(ちせつ:幼稚で未熟)に考えていたとか思うはず。


今在るあなたが感じている事柄は、あなたの中だけの事実である可能性は否定できない。


短い言葉

よくある名言

いつも言われていること

毎日の光景


そんな他愛も無い日常には、見落としているサインが存在していたりする。


たとえば子供のSOSとか。


最近は小学生の自殺が連続で起きていたりする。

いつも話しに登場するアノ子……じゃなく。

なぜ、アノ子の話しをするのかが本当のことを知るキッカケにもなる。




分からないことが分かる時。



それは今存在しているあなただけの価値観を捨てた時。その瞬間に訪れるもの。


大切な何かを失ってから後悔するものほど、痛ましいことはない。

あってはならない懺悔(ざんげ)。




仮にあなたの現状が、困難な状況だったとして。

困難な状況とは、自然の摂理(せつり:自然界を支配している法則)のようなものです。

雷も 風も 台風も 地震も

誰にも止められないことですよね。

自然界の掟。定め。そんなものを変えられる方が可笑しいわけで。


結局、そういうどうしようもないことに打ち震えたり、
根源に巣食っている悪性の何か、つまり現実に起きている(または起ころうとしている)困難な状況に対して悩んでも仕方ない。


なぜ悩んでも仕方ないのか。それは今起きていることは「結果」だから。

結果には原因がある。当然のこと。

悩まなくちゃいけないポイントは「結果」に対してではなく、なぜこうなったのかという、根源(原因)のほうです。



それには、まず何をすればいいのか。


疑問を持ち続けること。やはり、そこから始めるしかないと思うのです。


分からないことが分かるためには
疑問を持つことではなく
分かろうとする気持ちが、疑問を持つことと繋がっていくもの。そういうもの。


じれったい。気が遠くなる。速攻じゃないと無理。


もしそういう気持ちだったとしても


それでも


前進あるのみ……。






だって



じれったいことも



気が遠くなりそうなことも



速攻じゃないと無理だと思うことも



あなたの主観でしかないのです。




もっとハッキリ言えば
主観は主観でしかなく、現実ではないのです。




現実は、前進(結果的に行動)でしか目的を達成できないものです。

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あなたは胸を張って「誰よりも幸せだと」いえますか 

心の声は自分の中でしか聴こえない。

誰にも見つかることの無い、言葉じゃない言葉。

それが心の声。


心の声は時として叫び声の時もあるし

囁(ささや)きのこともある。


声の大きさも
気持ちの強さも
そういうのがどんなだったとしても

心の声には変わらない。


アノ人はなぜ自分を見てくるのか?
そんなことを身近な人物から質問された。

だから心の声を答えた。

アノ人はとても孤独な日々を送っている。
家族は悪性の現実から目を逸らし、日々の光だけを取り込み
そしてその中でアノ人は生きている。

ただ、あなたを見ている理由は

孤独と人間不信の渦の中で生きているアノ人が、
ひとつだけ見つけた、自分を本当に理解してくれそうな匂い。それがあなたなのだと。

また

アノ人はとことん自分と向き合い
自分を理解しようとして生きている。

だけれども

愛された自覚が無くて

形だけの家族が居て

いつもひとりぼっち。


そんなだから自分に自信がない。


そして結果的にあなたへ話しかけることが出来ない。


ただ、アノ人は人としてあなたの心と繋がりたいと願っている。




会話の内容はここまでですが、そんな話しをしたんですよ。


そして私は思いました。心の声は言葉に出さないと伝わらない、と。

相手に正しく伝わるには

声という音を伝い

或いは声と同等の言葉を借りて伝えないと…



魂から魂へは伝わらないものです。



だからこそ
行動にできる勇気が当たり前のことではないのですが、勇気が湧くのはとても大切なこと。素晴らしいこと。




また、相手のためを思った気づかいは
時として現実逃避ともなる。



次に上げるのは、現実逃避でよくあるパターンのひとつ。



根源に潜んだ悪性の何かを見ないで
今見えている平凡な幸せを優先する。

すると、良くなっていくように見える。


実際、何も変わってないということになります。たんに、良く見えた気がした、というだけの話しです。


だから
根本的に悪性の何かはすくすくと成長し、いずれ現実的に牙を剥くことになるでしょうね。



今だけ。それを見極めるのは、見極めようとする強い気持ちが無いと分かり得ることはできないもの。

“青天の霹靂(せいてんのへきれき)”のように、突如降って湧いた牙。

そんなふうに感じるのが現実逃避をしてきた結末であり、結果。

降って湧いてきたのではなく

牙は、もともとそこに存在していたもの。それが現実。




痛い部分を

言葉という現実で表現し、(自分或いは誰かへ)ハッキリと意識させることができないと、

結果的に現実逃避となる。またやらなかったり、なあなあにして避けることで、現実逃避のスイッチを押してしまう。




現実逃避をしているのに、現実逃避をしている自覚が無い場合のケースで、

「言葉にすることが本当は正しいことだよね」
なんてことを考えていたとしますよね。


そして更に
「そんなことを言ったら○○(相手を怒らせてしまう、相手に嫌われてしまうなど)になってしまうから……」


自分で自分に理由や理屈を並べていたりして…

或いは

相手に伝えるつもりが無い状態で
「それが人間関係の面倒な部分よねえ…」とか思っているかもしれないし。

(いわゆる、これが主観。たんなる思い込みです)



これって、本当のところは言い訳を正当化しているだけなんです。

(つまり、こっちが現実。事実=本当のこと)




その言い訳は、今だけの幸せでしょ。

実際、何も変わらないですよね。ただ誤魔化しているだけです。



まぎれもなく、たんなる現実逃避。

(また、こっちも現実。そして結果)



この場合の現実とは、今の現実に、菌のように浮遊した悪性の何かが同時に存在した状態のこと。


そして更に深く言うなら、悪性の何かが今の現実をつくっているということになる。


※ 悪性の何かという根源があって初めて今の現実生活があるのだから、根源の部分から始っている事実が本当の現実ということになります。


そこから目を逸らせば、悪性の何かは二次的な成長をしていくもの。当たり前のこと。


まあ、こんな感じのことがわりとパターン的に多い例ですよ。


本当のことを知ること。

それは誰のためでもなく、自分のためにそうするもの。
人のためなどなくて、現実逃避へと助走する言い訳でしかないのです。
つまり人のためとは、自分のために本気になれたから、結果的に人のためになるものですよ。





幸せは悪性の何かから逃げ通すことじゃない。
幸せは困難な出来事を避けることでもない。




幸せとは、ただの結果論。




結局

鬼のように努力して研究した。その結果、ノーベル賞を貰った。
こういうのと同じですよね。

努力したこととは、目的を達成するための行動で、いわゆる現実。

ノーベル賞が結果論。


ノーベル賞は貰うのではなくて、貰えるものということです。


ちなみに。。。

人はたまに勘違いをします。
結果をどうにかできると、時として思い込むところがあります。


幸せとは、本当の自分と、現実を受け入れた自分とが分かりあえた時に、自動的に幸せになってしまうもの。

現実を受け入れるためには考えることも、自分を自分が正すことも必要。これは最低限の条件ですね。


あなたは胸を張って、誰よりも幸せだといえますか。

どんな状況だとしても、どんな困難な心境だとしても
そういうのに関係なく、幸せだといえること。

それが本当の幸せ。そういうものだと思っています。

きれいごとでもなく

説教でもなく

ありのままのこと。幸せの現実を書いたまでのことです。




言葉に出して思いを正直に伝える。



できないとしたら、怖がっている理由は何なのか。

また、その理由は、自分が言えないという「事実の、本当の原因なの」か。案外、言い訳ではないのか。それか、言い訳の正当化とかね。


或いは、ただの「結果」を理由にしていたりすることもありますよ。
この場合、理由にはならないし、結果は所詮結果でしかないですからね。


そういうのを、たまにはじっくりと考えてみることも大切だと思います。

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Mask-仮面を被り「私は何者か」

(一部の)人は仮面を被り続ける(ことがある)。ある心理学者の話。



確かに人は仮面を被り続け、生きていくのかもしれない。

けれども仮面は所詮仮面でしかないし、本当の顔ではない。


ただ思うのは、被り続けることで仮面は剥がれなくなっていく。そういうもの。


結局、本当の顔がどんなものだったのか分からなくなり、皮膚と仮面の組織が癒着し同一化していくものだと感じている。



自ら発した呪いによる、呪いの仮面。呪縛。





仮面は心への、反逆。


精神への、攻撃。


最悪は狂気への、前進。


こういった状況の中、自分とはいったい何者か?そういった疑問が生まれてくるのは当然のことだと感じています。



医学的にも現実的にも、取れない仮面なのではなく、取り方を知らないだけなのだと……。

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プロフィール

HN:
軒龍卑(haruka)
年齢:
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性別:
女性
誕生日:
1969/11/06
職業:
占い師
趣味:
占い/絵(デジタルアートも含む)を描くこと/その他は密かに多趣味だったりします。
軒龍卑の近況:
なにげ修行は一生だという考えの持ち主です。
形の無いたったひとつの本当へ意識と脳が融合した状態で辿りつくことを数ある修行の中でも最低のラインと考え実践います。

それから近年の変化ですが、霊界との関係性に変化があり、有効な知識を蓄え血肉にするため日々鍛錬しています。

私生活では極力霊界の事情を持ち込まないように、仮に持ち込んだ場合は速やか且つ敏速に対応しています。

それから私はかなりの方向音痴です。
なので出張へ行くと数回に1度の割で逆方向へ移動することが…。
しかも霊視中にも方向音痴が炸裂するので、東西南北ではなく時計表示&前後左右で方角を説明します。

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